「木曽岬干拓地整備事業」環境影響評価準備書が出た
                             島津康男


 三重県は表記の準備書(442ページ、資料編165ページ)を2005年2月1日に公告した。伊勢湾奥部の木曽川川口左岸に広がる東西約1km、南北約4kmの443ヘクタールの干拓はすでに終わって平坦なヨシ原になっており、その整備事業のアセスである。事業計画そのものの経過が複雑である上、方法書が出たのが平成2001年11月1日で、準備書の公告までに3年余かかっていることを見ても、アセスとして異例な状況を含んでいるので、あえて紹介する。
 
 ここは農水省が1966年〜1974年に農地のための干拓を行った地域である。はじめは三重県に属するものとされていたが、干拓地の東部分が愛知県に属するとの県境争いがおこり、着工後30年近くたった1994年に裁定で県境が確定した時には農地の需要がなくなっていた。それでも、結果として三重県分は362ヘクタール、愛知県分は81ヘクタールとなり、両県が面積に応じて購入した。さらに、干拓計画時に三重県は地元漁協や浅瀬の土地所有地に干拓後の農地を有償で優先配分するとの協定を結んでいたが、農地でなくなってこの協定が実行できないことから補償問題がこじれた経緯がある。
 さらに、今ではこの干拓地の北部地区を伊勢湾岸自動車道(通称第二名神高速道路)が通過している。今年2月に開港する中部空港の候補地にと噂の出た時期もあり、又物流基地の構想もあったが、そのためには大量の盛土が必要になるので断念、差しあたって概ね5年以内に北部地区(三重県145.1ヘクタール、愛知県28.6ヘクタール)を野外体験広場、建設発生土ストックヤードなどとして整備することになったものである。
 伊勢湾岸自動車道を挟む北の部分は、方法書への住民等の意見もあり、防災の観点から5mの盛土を行う。残りの190.1ヘクタールについては、整備計画が固まり次第、改めてアセスを実施するとしているが、次に述べるように、本アセスでの環境保全措置として南端部分を保全区とする。なお、干拓事業そのものは40年前だったので、そのアセスは当然行っていない。

 方法書では1年の生物調査としていたが、住民等の意見もあって3年間の調査を行い、確認された鳥類は148種になって、鳥の楽園となっていることを裏付けている。そして、この地域を特徴づける生態系での注目種として、上位性(チョウヒ)、典型性(カヤネズミ、セッカ、オオヨシキリ)、特殊性(リュウノヒゲ)を選定し、中でもヨシ原を好む絶滅危惧U類のチュウヒ(タカ科)3つがいの営巣を確認している。
 そして、施設内容の見直しでは採餌・繁殖地の消失・改変は避けられないので「代償措置」を実施することにしている。すなわち、方法書では将来自然体験広場やモータースポーツ場にするとしていた南部地区のうち南端の50ヘクタールを準備書では保全区とすることに変更し、水路とフェンスで仕切ることにより、ヒトを含めた4つ足動物の進入を防ぐ。50ヘクタールはチュウヒ3つがいの生息に必要な面積という。これにより、ヨシ原の再生にも、又他の注目種の生息にも役立つ。
 この保全区事業は本体事業と平行して実施するが、知見が少ないので、現時点で効果の程度は不確実である。実は隣接する愛知県の鍋田干拓地も野鳥の楽園になっており、2.5km離れたところには弥富野鳥園があるが、今回のような2県にまたがる保全区は珍しい。
 アセスとしても珍しい試みをしている。まず、3年前に方法書の全文をインターネットで公開したのは日本で数少ない事例であり、又事業者を三重県・愛知県の知事の連名としているのは、日本で初めての事例である。実は、愛知県部分が自県の条例によるアセスの対象にならないので、このような特例になったのである。