横浜「上郷(瀬上の森)開発事業」の評価書
              

                            2007 06. 25 島津康男
  
 市民参加から見る
 横浜市の南部、鎌倉市との境界に近い「瀬上の森」で33.5haを住宅団地にする計画についての環境影響評価書が2007年6月15日から公告縦覧に入った。事業者は東急建設である。本編は924ページ、資料編は362ページで、方法書は2006年2月、準備書は2006年12月に出ている。最近はアセスの実施事例が少なく、このため本アセス情報欄への投稿も途絶えがちであるが、この「瀬上の森」のアセスにはいろいろの特徴があり、本欄で方法書(2006年3月31日)、準備書(2006年12月14日)の解説を行なった経緯もあるので、今回の評価書段階でも報告を行なう。市民団体の「瀬上の森パートナーシップ」は、全文をホームページhttp://homepage3.nifty.com/tit/segamiで公開しており、さらにsegami-ps@hotmail.co.jpに申し込めば、1000円でCD-ROM版を送ってくれる。このような市民団体による全文公開は珍しいが、方法書及び準備書段階で同じことを行なった時、著作権侵害とのクレームがつき、縦覧期間だけに限るとの条件で合意したそうである。従って、今回の評価書公開も縦覧期間に限られることになる。
 この市民団体は、方法書公表の段階で「住民参加投票ゲーム」の方法による意見の集約を行い、さらに
   「起」(方法書に書いてないこと、書いてあっても疑問に思うこと)
      ⇒「承」(環境への影響で心配すること)
         ⇒「転」(安心のために必要なのは)
           ⇒「結」(このためにしてほしいのは)
の四段論法を統一した上で、それぞれのメンバーが自分の考える問題点をまとめるという新しい手法を用いている。「瀬上の森」は横浜市に残された少ない里山でホタルが有名であり、市民グループはこれに強い関心をもっていた。

 以上の市民活動が評価書にどう反映されたかが、一番の関心であったが、残念ながら大勢を変えるまでには至らなかった。しかし、評価書に記載されている説明会・審査会(横浜市では審査会で住民の意見陳述がある)の議事概要を見ても、発言は活発であり、書面による意見も389通(延べ1240件)とこれまでの事例に較べて大変多く、その内容もしっかりしていると審査委員を驚かせたそうである。なお、審査会の議事要録に、事業者によるホタル類の調査結果と市民団体によるものとの対比図が示してあり、連続調査をしている市民団体のデータの強みがよく現われている


HEP 

 本評価書のもう一つの特徴は、ゲンジボタル・ヘイケボタル・ヤマアカガエル・ニホンアカガエルの4種の生物に対して、HEP(ハビタット(生息環境)評価手続き)による定量評価を行っている点であり、HEPを正式にアセスに取り入れた最初の事例である。さらに、上記の「瀬上の森パートナーシップ」が生態学の専門家とともにオブザーバーの形ながらHEPの作業に参加しているのは重要である。その内容については準備書段階の「アセス情報」で紹介したし、評価書でも大筋では変わっていないので、ここでは繰り返さないが、準備書段階よりも大部わかりやすくなっている。ただ、その報告書は資料編に入っており、本編の「予測・評価」の章ではまともに扱われていないのは残念である。事業者にはその意義がよく理解されていないのかとも思われる。

 HEPでは、将来(ミティゲーション完了後10年程度経過した時点)の複数の想定状態を比較評価しているが、そこでは、現状、将来A(環境配慮をしたとする原計画)、将来B(普通の開発計画)、将来C(事業者が開発をやめ、成り行きに任せた場合)をあげ、将来Cをベースラインとして将来A.、将来Bとを比較している。つまり、「ゼロ案(何もしない場合)」とは「現状のまま」ではなく「計画を実施しないままの将来」なのである。このことが、説明会などで「原計画を推進するための出来レースではないか」との不信が出た原因になっている。

 土地のタイプごとに個々の生物の適正度を計量化し、これにその土地の面積をかけて全体の点数を算出するのであるが、例えばゲンジボタルの場合、現状を100点とすると将来Aは66点、将来Bは35点、将来Cは55点となり、いずれにしても現状よりは評価点数がさがっている。成り行きにまかせた将来Cに較べて、緑地を増やす、池や湿地の造成といった環境配慮をしてゲンジボタルに有利になるようにした将来Aが将来Cより11点高くても、点数への信頼性もあって、すぐには計画Aの優位を結論できないというわけである。将来C、つまり計画を実施しない場合に将来がどうなるかについて、評価書では「市街地調整区域でも可能な施設建設は進むものの、開発行為や墓地造成などはなく、新しい道路建設もないとの前提で自然に土地利用が進む場合」としているが、その前提が100%正しいとはいえないことも確かである。

 面白いのは、ヤマアカガエルの場合、将来Aが106点、将来Bが10点、将来Cが17点となって、将来Aがかけ離れて高得点の上、原計画は現在より高い得点となるが、これは池や湿地の造成が特にヤマアカガエルに有効なためとしている。


戦略アセス − 複数案と感度解析 
 はじめに、アセスの事例が減っているといった。このため、アセスコンサルタントもいわば黄昏状態にあり、今まで「部」だったのを「室」に格下げしたり、「環境防災」と名前を変えたりしているところもあるようである。今「戦略アセス」が叫ばれるのも、アセスの巻き返しを狙ったものかもしれない。戦略アセスの基本は、まだ計画が固まっていない段階で複数案を比較評価するところにある。その意味で、上に述べた将来A,B,Cは複数案そのものであり、計画を実施しない場合の将来(ゼロ案)をベースラインとする点もでも、このHEPは戦略アセスとの関係から興味がある。

 HEPのもう一つの柱は、ホタルの生活と人工照明の照度との関係といったSI(それぞれの生物についての環境要因ごとの適性指数)であり、これは経験的に求めるわけであるが、結構不確定なところがあり、これが一寸変われば結果にどう響くかのいわゆる感度解析の対象であろう。つまり、HEPは複数案と感度解析というアセスにおける二つの様相をあわせ持つ点で興味がある。
 現在、私は某宗教団体の本部建設の戦略アセスに関係している。これは、複数の候補地に対する戦略アセスであり、しかも公表する前に信者による参加型アセスを考えている。その内容を紹介する機会があることを期待している。


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