2013 2.23  アセス情報
           辺野古アセス裁判の判決がでた
              島津康男  

                    

 本土の新聞ではほとんど報じてないが、2013年2月20日、那覇地裁は普天間飛行場の移設計画における「辺野古アセスは違法」とする一審裁判において、原告の申し立ては審理の対象にならないとして、いわゆる門前払いの判決を下した。アセスの内容については判断をしていない。もともと、アセス法は手続き法であるため、罰則もなく裁判にはなじまない。そこで、「住民意見を述べる権利の扱いが不当」「生物の生存権の侵害」など苦肉の策を訴因にするが、本件でもその枠の中での訴訟となり、従来の判例を超えることは出来なかったものと思う。オスプレイの配備とその影響が補正評価書の段階になってはじめて記載されたのは明らかに不当であるが、これも「補正」を宣言したので許されるとみるのだろうか。
 
アセスが不当との裁判が成立した前例は少なく、これまでの判例で有名なのは1980年代の小牧・岩倉清掃工場裁判くらいではないか。そこでは、調査・予測の不十分が訴因となった。予定地より20km離れた平地での気象データが使われ、山間部の予定地への適用は不当との主張に対し、出廷したコンサルタントが「安い受注経費でそこまで出来るか」と開き直ったため、アセスのやり直しが命ぜられたのであるが、それも技術的なことは知らない事業者が、一番安い入札費を出した業者に委託したためで、結局やり直したアセスの経費ははじめの3倍だった。
 このように、
アセス裁判でも徹底的に技術面の不適正を争う必要があり、意見をいう権利や環境権といった抽象的な訴因では通用しないことを改めて教えられたということであろう。同じ辺野古アセスについて、カリフォルニアの裁判ではジュゴンの生息地が破壊されるとして、自然保護の観点から事業は不当との判決が出ている。生物の生存権を訴因とすることが認められていない点で、日本の裁判は遅れているといえるが、それにしても今回の辺野古アセス裁判は、原告の作戦ミスといえなくもない。
 今回の判決でも、アセスそのものを認めたとはいっておらず、悪く言えば逃げていることになる。補正評価書ではじめてジュゴンの生息予測を行ったが、「エサとしての海草の量から見て、沖縄本島周辺のジュゴンの環境容量は100頭だから大丈夫」との結論である。それではなぜ現在3頭しかいないのか。これでは多摩川の「タマチャン」扱いではないか。
 これで、辺野古アセスがお墨付きを得たことになったわけではない。評価書の受理日を2012年1月にすれば、これに対する知事意見が2013年度にかかり、新法の適用によって環境大臣の意見が述べられるなど、アセス法の中でもう少しよりよい方法が取りえた。しかし、2011年12月26日早朝の一部搬入を公的に有効と認めたためか、2012年度中に知事意見を述べたため、旧法の適用のまま補正評価書が2012年12月に出、形式上アセスの手続きは完了している。このあたりの事情を知事がどこまで把握しているかは不明だが、もし手続きの不適正を訴因にするなら、アセス裁判の被告は事業者だけではない。
 ともあれ
、次の手続きは埋立て許可申請である。今回の首相訪米で、埋立て許可を土産の一つにしたともいわれるが、今年中には名護市長の選挙があり、それ以前に許可を出したいとの思惑があることは事実であろう。許可には地元首長の承諾が必要だが、これまでも4年ごとの自治体首長選挙の度に情勢が変わったからである。大企業出身の現知事が、いわゆる地域振興のアメの効力を容認しているのも事実である。県庁の回りの電柱に「辺野古沿岸埋立てを」の巻き看板が沢山あるのも気になる。誰がつけたのか聞いて回ってもはっきりしない。準備書の説明会にでたが、「(1戸)1億を保障せよ」の声ばかりが大きかった。
 
日中関係の変化から見た抑止力をどうとらえるか、射爆場として地形が変わってしまったキャンプ・ハンセンは普天間飛行場がいくつも入る広さがあり周辺への影響も少ないが移設先としてどう見るか、などなど「アメとムチ」に対する本当の民意はどこにあるのかを明らかにするため、各地のアセス問題で行ってきた「住民参加投票ゲーム」の実施を数年も前から沖縄で薦めているが、「イエスかノーかの投票でないことは理解するが、結果が数で出るのがまずい」といわれ、今も実現していない。もっとも、2年前に「島津侵攻400年目の歴史を忘れるな」の行事があった位で、私の名前は沖縄ではマイナスに働いている。


境技術学会 TOPページ