080716 サミットとはなにか:国連分担金
 
G8サミットが終わった。サミットは必要かどうかを期間中考えていた。成功裏に終わったかも考えていたがよく分からない。サミットとは何か。サミット(summit)とは「頂上」の意味で、G8サミットのことを、主要8ヶ国首脳会議と呼んでいる。そこからまず気にくわない。事実はそうであっても、自ら首脳と認めて世の中を支配しようとする謙虚の無さがである。
 1973年の石油ショックとその混乱に対する対策に端を発して、1975年フランスの提唱で、フランスのイムランブイエ・サミットから始まった。首脳会談の他に外相会談、蔵相会談も行われている。日、米、英、フランス、西ドイツ、イタリアがメンバー(G6)であり、国連の常任理事国に入れないわが国が、世界の首脳に認められることを喜んだ。多分イタリアと西ドイツもそうであったであろう。当初から第二次世界大戦の敵と味方が含まれているのが面白い。相対的ではあるが力があることがわかる。       
 米国フォード大統領の要請で翌年からカナダが加わり、G7になった。最初の頃は経済問題だけが話し合われた。だからこそ敗戦国が参加できたのであろう。80年代から政治問題も話し合われるようになってきた。1991年のロンドンサミットからロシア(当時はソ連)が枠外で参加し、1998年の第24回から正式にロシアが加わりG8となった。
 90年代からは環境や犯罪についても話し合われるようになってきた。なおサミットの会合には8ヶ国の首脳の他、EU議長国の政府首脳、欧州委員会(EU)委員長も参加している。その他、その時の議長国の判断で参加する国がある。今回は中国、ブラジル、インド、南アフリカ、メキシコの5ヶ国が2005年から参加している。この5ヶ国はO5(Outreach)ともいわれている。その他今回は国連事務総長や韓国大統領も参加している。しかし本会議は主役のG8の首脳で行われ、EU委員長がオブザイーバーとして出席する。
 G8構成国は諸々の国際的会合と同じく欧米が主体である。国連という組織があり、総会における採決(安全保障と平和に関しては安全保障理事国の採決を経由して)によって国連としての意見が表される。総会は何でも議論できる。だからG8サミットで話し合うこともないと思われる。国連参加国は多いので意見集約が難しいことと欧米以外の国の数が多いことから、影響力のある国を集めて世界を動かそうとしたのであろう。
 国連加盟国は現在192ヶ国である。国連の活動は参加国の出資金によって支えられている。分担率は日本が16.624で米国の22.000に次いで世界2位である。ドイツ8.577、英国6.642、フランス6.301、イタリア5.097、カナダ2.977、中国2.667、ロシア1.200である。
 わが国が如何に気前がいいかわかる。今景気のいい中国とロシアの分担率が低く、大分うまい汁を吸っている。スペイン2.965、メキシコ2.257、2.173である。
 こんなに気前のいい日本を主脳国会議のメンバーから外すことはできなかったのだろう。一方、日本としては常任理事国に加わることができないので、首脳国に加わることでプライドを保つことができると考えているのであろう。国連分担金を下げれば、首脳国からも外されるという懸念がある。
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080709 そんなもの要らない−タバコ2
 
公共の場所でもマナー違反者が多く、吸えない場所で吸うところを見ると腹が立つ。ポイ捨てを見ると苛つく。苛つくことは自分の健康によくない。
 腹立たしい状態から免れるには、タバコそのものが消えてもらった方がいい。もしそのような事態になったら、かつての米国の禁酒法時代の混乱が起きることが懸念されているが、健康に良くない煙草と一定量なら薬になる酒とは禁止効果が異なるし、タバコに対する時代の要請も違う。
 タバコを禁止するのは吸う人の健康を守るためと思っている人が多い。健康を害するのは吸う人の勝手で、いちいち差別される必要はないという人がいる。当人の健康を守る意味合いもあるが、喫煙を厳しく言うのは他人への配慮である。
 喫煙者は病気になる確率が非喫煙者より高い。すなわち、喫煙者が医療費を押し上げているが、その医療費は非喫煙者と喫煙者と区別なく払わされている。その結果、非喫煙者が損をしていることになる。車のシートベルトの強制も同じである。本人だけでなく他人の医療費の影響を少なくする効果をねらったものである。
 タバコの害の一つは発ガンである。発ガン性には閾値がないとされている。他人の受動喫煙、副流煙で例え1秒でも自分の寿命が縮まるのは叶わない。ヒステリックに反対する気もないが、思い切ってタバコが入手できないようにする施策を期待したい。
 鹿児島民謡おはら節にある「花は霧島、タバコは国分」というように南九州へ行くと、タバコ栽培が広く行われているのがわかる。タバコ禁止となるとタバコ栽培農家対策が必要である。農家に栽培品種を変えさせるのは容易ではない。しかし、遺伝子操作品種や狂牛病対策など、健康影響にヒステリックに対応するエネルギーがあるから、その気があれば転作もスムーズに行くだろう。
かくいう小生もタバコを吸っていた時代があった。まだ吸っていた数十年前、外国で喫煙可能な観光バスに乗った。タバコを吸ったら後ろに座っていた白人の女性が嫌な顔をしたことを今でも覚えている。本当に悪いことをした、彼女の旅行の印象を悪くしてしまったのではないかと思われ、今でももし会うことがあれば謝りたい気持ちである。↑ページトップ

080708 そんなもの要らない−タバコ

 最近タバコの販売と喫煙場所が加速的に制限されるようになってきた。TASPOがないと自動販売機で買えない、歩きながら吸うことの禁止、ビルの特定な場所だけが喫煙できるなどタバコ愛好家に厳しい環境になってきた。大学でも吸える場所が限られてきた。
 しかし、どうせならタバコの生産、輸入、販売を禁止したらどうだろうか。
歩道を歩いている時や交差点で信号待ちをしている時に、近くに喫煙者がいると、たばこの煙から逃れるのにひと苦労する。
 タバコを吸っている人は自分が吸いたいからわからないだろうが、非喫煙者はタバコの臭いがたまらなく嫌なのである。だから、歩道を歩いている時に近くに吸っている人がいると、歩く速度を緩めたりあるいは追い越して離れようとするのである。
 レストランや喫茶店で、喫煙室や喫煙席が設けられた店が増えてきた。しかし、まだ普通に喫煙できる店もある。いつもタバコを吸う人がいないことを確認してから席を決める。折角安全の場所と思って占めた場所で食事を始めたら、隣の席に座った人がタバコを吸い出し、煙が自分の方に向かってくると、いっぺんに食欲がなくなってしまう。
 タバコは煙だけでなく、臭いが嫌である。飲み屋などの煙に包まれた処にしばらくいると、服に臭いが付いて、家に帰っても取れない。カラオケで喫煙者のあとに部屋に入ると相当タバコの臭いがキツイ場合が多い。消臭スプレーを借りて臭いをカットするが、それでも家に帰ってもベランダに干さなければならないほど臭いが服に付くことが多い。最近は非喫煙室を設けているカラオケ店もあるが、まだ数が少ない。
 タバコをなくすれば山火事や住宅の火事も減る。木材家屋の文化の処に紙巻きタバコが入ってきた。異文化との衝突である。体重コントロールのためにタバコを吸うという人がいる。本気でそう思っているかどうかは別として、そのような人は、他人の迷惑にならないところで吸ってもらいたい。
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080704 そんなもの要らない−携帯電話2
・要らないわけA 携帯を使用する姿がスマートでない。
 歩道や電車の中、駅のホームなどのあちこちで、片手に携帯電話を持ってメールを見たり、インプットする姿が一般化してきたが、それを一種の異様な光景と指摘するのは、時代についていけない老人の戯言であろうか。
 飛行機から降りて携帯電話使用可のところへ来たときに数十人が通話、メールを一斉にやり出したのを見たことがある。ちょっと気味が悪い感じがした。便利な新しい道具を使うことによって生じた新風景だから、気味が悪いと思うこと自体が時代遅れとは承知しているが。
 空港などで有名タレントが出てきたときに一斉にカメラを向けるが、その多くが、携帯電話で写真を撮っている。目と携帯電話が離れて撮る姿も大勢になると異様である。
・要らないわけB 健康上の危惧。
 電子線の健康影響についてはすでに述べた。健康影響がはっきりしないうちに器具が爆発的に普及してしまった。これだけ普及すると少々のリスクは許容範囲として無視されるであろう。自動車事故による死亡確率が10−4/年(1万人に1人)を安全の目標レベルのとするがごとくである。
・要らないわけC 犯罪に結びつく。
 携帯電話で全く知らない人との交流が行われ、それが犯罪に結びつく事件がよく起きる。労働災害に関してハインリッヒの法則と言うのがある。1件の重大事故の背後には29件の軽微な同種の事故があり、さらに300件の異常がその背後にあるというものである。要するに大きな事故は氷山の一角と言うことである。性格は違うが、携帯電話が絡む大きな刑事事件の背後には、ほぼ同様な軽微、異常なトラブルが起きていると思われる。
 携帯電話での会話(メールを含む)は、しなくてもすむような内容が多い。こんなに会話が好きだったのかと思うほど、どうでもいい会話が多いみたいだ。小生はいままでの固定電話で間に合う内容の会話を、場所を縛られずにすることができるのと、家族と無料で話すことができるという利点だけに注目して、それを実行しているだけで、暇つぶしの会話には使っていない。なお小生はピッチを使っている。理由は音声がいいのと電子線の影響が小さいことである。
 大学卒業後まもなく浄水場勤務をしたとき、局内電話のほかに無線のやりとりをした。「こちら水質、どーぞ」といった調子でやりとりしていた時代が懐かしい。仕事とはいえ、無駄口はもちろん冗長な会話はできない。
 携帯は便利だが要らないと主張しながらも、携帯を忘れると不安でたまらない。知らず知らずのうちに携帯に毒されてしまった。
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080702 そんなもの要らない 携帯電話1
 
今の若者は、いや高齢者まで、携帯電話(以下携帯と略す)を手放すことはできない。それを要らないというのは、テレビは要らないというのに等しい。
 だいぶ前になるが、テレビを持たない知人と話したとき、彼は「情報は新聞、ラジオで新しい情報を得ることができる。テレビがあるとくだらない番組をつい見てしまい、時間を浪費する。テレビがないと本を読んだり考えたりする時間が増え、時間が有効に使えて楽しい」と語っていた。
 映像を捉えることができないとニュースや出来事の実態がビジュアルに捉えにくいのではないかと聞いたら、想像で十分であるとのこと。確かにその通りで、テレビがない時代と今とを比べ、何が変わったか比較してみると、生活の充実さはあまり変わっていない。強いて言えば、テレビはプッシュボタンで番組の切り替えが早くできるが、ラジオや新聞では対象とするものを一瞬に切り替えることができないことぐらいである。
 なぜ携帯を手放せなくなったか。「何時でも、何処でも」連絡が取れることではないだろうか。Eメールのやり取りならパソコンには適わない。音楽や映像もセットされている機種もあるが、それぞれの専用機のほうが使い勝手はいい。
 多くの携帯のやりとりを聞いていると、「何時でも、何処でも」電話をする内容は、大半はどうでもいいものが多い。携帯がない時代は公衆電話でやっていた。固定電話の場合は、わざわざ電話のある場所に足を運ぶのでくだらない内容の話はしない。もちろんその場合でも長電話をする人はいたが。携帯が普及して増えた会話の内容が充実したわけではない。井戸端会議が電話でできるようになっただけでる。
 それでも携帯はあったほうが便利だから反対する必要もないかもしれないが、反対する理由は@マナー違反者の存在である。いつの世にもある一定の割合でモンスターと呼ばれるがごとき異端者はいる。そのため乗り物、喫茶店、レストランなどでムードがぶち壊しになったり、思考が中断させられることがしばしばある。
 一時は授業中にベルがなることが多かった。授業中に鳴るといっぺんにしゃべる調子が乱れてしまう。今も決してマナー違反者が減ったというわけでない。メールを音なしでやりとりできるから、音に邪魔されることはなくなったが。
 授業でなく、講演会やコンサートの公演中にベルを聞いたことも再三あった。新幹線でのマナー違反者は、JR東海よりJR西日本のほうが多い。大阪のおばちゃんらしき人が大声で電話しているのを聞いたことがしばしばあった。そういう状態になったらもう眠ることもできなかった。過去形で書くのは、最近はJR西日本の新幹線に乗る事が減ったからである。
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080630 そんなものは要らない- 宇宙旅行
 
宇宙開発も要らないものの一つと思う。スペースシャトルが打ち上げられる時は大々的に報道され、その宇宙飛行士の中に日本人がいればさらにトーンが高くなる。庶民が自分の費用に見合ったコストで宇宙旅行ができるようにはならない。もしそうなったら宇宙が汚れる。
 現在でも多くの衛星を打ち上げて、知らずのうちに宇宙を汚しているのではないかと懸念される。宇宙葬というのがあり、小生もそれを望みたい散骨の方法だが、宇宙を汚すことと微量ではあるが地球の物質の消失に繋がるのだから、止めることにする。
 宇宙を知ることは科学の進歩に役立つ面もあるが、費用対効果から見て、人類への貢献度は疑問である。衛星放送や太陽光の集光(まだ実用化してないが)によってエネルギーを獲得するなどの実用価値のあるものの研究をと、宇宙に研究対象を広げるのは納得できる。
 しかし、ロマンの追求とか夢があるからという情緒に流された宇宙開発や宇宙旅行は、それに要する費用でどれだけ地上の人が助かるか考えた方がよい。スペースシャトルや宇宙ステーションの存在とそれらに乗っている人のことの報道はあっても、何をしているのか、どれほどの価値ある調査、実験をしているかの情報は知らない。多分その方面の資料を見れば載っているだろう。しかし、あまり興味がないので調べたことはない。無重力下で蛙や金魚の発生・生育状態を調べるということは聞いたことがある。多くの費用を掛けて調べるほどの内容ではないし、価値があるなら地上でも無重力環境は作られるからそこで研究すればよい。ただ行くことに価値があるかのごとき宇宙行きは、ただ煽てられて金を提供するスポンサー的役割のお駄賃みたいで止めてもらいたい。下らない宇宙開発競争に参加する必要はない。
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060827 そんなものは要らないー参議院
 
参議院が要らないことに関してはこのコラム071113参議院無用説および080319再び参議院無用論で詳しく触れた。国会が閉会になって、さて何が決まったかを振り返ると、やはり参議院は要らないの一言に尽きる。同じ機能のものを2つ置くと、時間と経費が無駄になる。政治は早い決断が必要である。よい案をゆっくり決めるのと悪い案を早く決めるのとは、後者のほうが良い場合が多いのである。悪いとわかればすぐ直すことができる。実行することで直すべきところが早く見つけることができる。
 大阪府の職員の給料の削減案が話題になっているが、行政事務を行う職員の存在は欠かせない。欠かせない組織の職員の給料を下げるより、参議院は要らない組織であるから、参議院が存在することに必要な経費を全国の地方公務員に給料に振り向ける方がよっぽど役に立つ。
 公務員の無駄使いが槍玉に挙がっている。その際、われわれの納めた税金が無駄に使われているからもっと怒れと報道されている。小生はそれほど腹が立たないが、参議院の存在には、心の底から税金が無駄に使われていると腹立たしく思う。参議院についての小生の考えは、コラムに記述してある。
 ただ、憲法を変えないと参議院はなくならない。憲法「第九条」より参議院をなくす方が急務であると思う。新憲法ができる時、進駐軍は一院制を主張したが、わが国のほうが二院制を希望し、それが認められて現在に至っている。米国が議院内閣制では一院制でいいと判断したが、わが国がイギリス的制度を望んだことになる。米国の言うことを聞いていればよかった。
 だいたい、○○パパとか○○姫など国会の品格を落とす議員が、単に知名度があるとかちょっと面白いなどの理由によって当選したり、恥の上塗りのスキャンダラスな行動でさらに知名度を上げるような人によって構成される議院は要らない。
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080626 何が世論か―ダイオキシン類特別措置法
 
環境関係でマスメディアの煽りでおかしくなったのはダイオキシン騒動である。1999年テレビ朝日の「ニュースステーション」で所沢の野菜が高濃度のダイオキシンに汚染されていると大々的に報じた事件である。ダイオキシン、猛毒というキーワードがニュース価値がありとみて、所沢産の野菜をこてんぱんにやっつけた事件である。それほどでもないことがわかり、テレビ局は風評被害を最後まで認めなかったが、一千万円の和解金を支払った。
 ダイオキシンは毒性が強いのは確かであるが、たとえ焼却過程でも心配するほど高濃度に生成するわけでなく、焼却場付近の空気、土壌に高濃度に存在しているわけでもない。それがいつの間にか地球上最大の毒性物質のごとく報じられ、焼却場付近はひどく汚染されて、そこで取れた農作物は食すのが危険のようにマスコミは煽った。
悪い情報ばかりをことさらに強調するマスコミ特有のいつもの手段で報道がなされ、ダイオキシンが少しでも存在することは危険であると言わんばかりの雰囲気が醸し出されて、瞬く間にダイオキシン類対策特別措置法が成立した。小渕内閣の時である。
 小渕内閣は発足当時は人気がなかった。何もしないことが逆に弱点を見せないことから、次第に人気が出てきた不思議な内閣であった。そこに湧き上がったダイオキシン騒動であるが、国民の味方という印象を植え付ける絶好の機会と捕らえたのであろう。あっという間にダイオキシン類特別措置法を成立させた。
 特定の物質だけを規制する法律が成立するのは不思議と思っていた。世の中には毒物はいっぱいあるし、これからも作られるであろうから、毒物ごとに規制法を作ったら法律だらけになってしまう。
 ごみ焼却とダイオキシン発生が異常に結び付けられ、全国のごみ焼却場が見直され焼却温度が800℃以上になった。家庭、集合住宅、学校にあった焼却機が、ダイオキシン発生装置として取り払われた。公害防止管理者資格の中にダイオキシン類管理者という資格が急遽設けられた。
 ダイオキシンの測定単位はピコグラム(pg)であり、ピコグラムは1グラムの一兆分の一である。これほど微量な物質を測定できる技術が向上したこともダイオキシン騒動の一因である。わからないことがわかるようになったこととせっかく手に入れた技術を用いてみたら、今まで知らないことがわかったことをことさら強調したくなると言う心理も働いたであろう。
 それに加えて、微量汚染に携わる研究者が自分の立場をよくするために、実態以上に危機感を強調した面も拭えない。悪意があったわけではないが、予算獲得や功名心に駆られることはよくあることである。このようなことがバイアスのかかった世論を形成することになる。ここら辺りは自分の反省を込めた意見である。
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080625 世論は作られる
 
世論の把握は難しい。NHKや民放がよくやるアンケート調査は、本当に国民の意見を反映しているのだろうか。意見の集約という意味では世論だが、その意見がどのように形成されたものかを考える必要がある。
 正しいあるいは中立的情報のもとに形成された意見なら、世論として取り上げる価値は高いが、偏った情報で作られる意見の集約を世論として行動目標にするのは正しいか疑問である。ナチス時代のドイツ、太平洋戦争中の日本、現在の北朝鮮でアンケート調査をすれば狂信的な愛国心派が圧倒的な数を占めるであろう。現在のわが国の世論とは全く違うものになる。
 間違った情報、あるいは自分は正しいと思ってそれを押しつける情報で形成される世論がある。現代の世論作りにマスメディアとくにテレビの影響力は大きい。テレビ番組の制作者、プロデュ―サー、司会者、コメンテーターの意向で偏った内容になり、それによって偏った世論が形成される可能性がある。
 街角のインタービューでもいろいろな意見を持っている人がいるはずであるが、特定な意見の人だけを取り上げて、番組の流れにそぐわないインタービューは取り上げないとすると、あたかも国民は全てそのような意見を持っているように映る。番組を作る方は番組を面白くするために、作為的取材と編成をするのであるが、それを観る視聴者はあたかもそれが正しい意見あるいは全体を見通した取材と錯覚してしまう。
 視聴者はもっと利口というかも知れないが、テレビ番組に刺激されて、ぺ・ヨンジュンガ来れば空港に殺到し、いい年をしたおばさんが京セラドームに押し掛けるのである。ヨン様弁当(高矢禮弁当2500円)があっという間に売り切れるのである。その程度の流行感受性ではマスメディアの戦略に簡単に嵌ってしまうとみてよい。
 なぜこんなことを取り上げたかというと、このところ個人的事情で病院や役所の窓口に行くことが多いが、後期高齢者保健制度で文句を言っている人に出会わないからである。しかし、テレビでは高齢者が皆文句を言っているかの如く報道している。文句を言っている場面ばかりを放映することを続けると、次第に皆が反対しているが如くの雰囲気が醸し出される。それを狙ってテレビ局は番組を編成する。
 少しでも風評が出来上がればしめたもので、加速的に情報は自然と一方方向に選択されていく。それが世論となり、票に繋がっていく。世論とはその程度に浮ついたものである。
 国会において相手の党を反対党が反対するのはわかる。わが国では政権を争うために、内容の妥当性でなく、血眼になって弱点を探し、相手党の獲得票を減らすための反対をするのが常態になっている。そのためには客観的な事実と離れたところで議論が行われ、反対意見の弱点を煽る。その煽るのがいかに上手いかが票につながる。その結果、国民にとって最善であるべき方法は選択されない。
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080624 
1年ぶりのクラス会
 このコラムの昨年9月10日〜9月12日のコラムに小学校のクラス会のことを書いた。そのクラス会が、今年は6月13日にあり、出席した。その日程を通じて思い付いたことを書こうと思ってまず気付いたのは、このコラムを書き始めてから、もう1年も経ったということである。まだ数ヶ月とばかり思っていた。光陰矢のごとしである。
 予定時刻より早く静岡に着いたので、しばらく散策した。静岡はもともと雰囲気的に明るいが、その明るさから名古屋で感じたような市民の懐がわが国でも上位にあるのではないかと思った。
 そこで一人当りの県民所得を調べたら、都道府県の中で静岡は第三位である。順番を書くと、東京、愛知、静岡、滋賀、神奈川、栃木、富山、大阪の順である。東京は本社が集まり、昼間人口と夜間人口の差が非常に大きい(昼間>夜間)という特殊性から断トツの所得である。
 愛知の元気がいいのはコラム「久し振りの名古屋-1」(5)で書いた。滋賀県は大学の講義でここ数年毎週通っているが、やはり元気がいいのを肌で感じる。静岡県は工業都市浜松の元気さが影響していると思うが、静岡市も明るい雰囲気がある。なお、浜松市はブラジル人労働者がわが国で一番多いところで、今、ブラジル領事館を設置する運動が行われている。滋賀県もブラジル人に出会うことが多い。
 上記の都道府県の順番を見て、栃木県以外は全部住んだことあるいは今住んでいるところである。栃木県も何十回と足を運んだところである。裕福なところばかり見てきたということになり、日本の本当の実態を知らないかも知れないと反省する。
 ただ貧しいところの雰囲気は外国で肌に感じた経験がある。中でも一番貧しいと思ったのはエチオピアである。首都アジスアベバでも貧しい雰囲気というものを嫌というほど知ることができた。国内の全ての都道府県及び国立公園は訪れており、また鉄道(JR)も土讃線や高山線クラス以上の路線はほとんど乗っている。そのため、街の景気の良さを肌で感じ取ることはできると思っている。
 数十年前、さる教授が、娘が東京の大学に進学し独り住まいするのは心配だけれど、静岡なら安心できると言ったのを聞いたことがある。静岡の穏やかさが安心を与えるとのことである。久し振りの散策でその言葉を思い出した。
 1年ぶりのクラス会だから前回ほどの再会に対する感激はなかったが、また会えた喜びと昔の友との充実した会話は、一層密度が濃く気持ちが通じ合うものであった。話の内容は健康に関する話題が一番多かった。後期高齢者保険については、誰も苦情を言う人はいず、話題にもならなかった。
 前回のクラス会の印象を述べた時、「びっくりどら焼き」のことを書いたが、今回はその一刻者の都合で、どら焼きにお目にかかれなかったのが残念であった。それよりもその本人が一度も医者に掛かったことがないと述べたのには驚いた。職人一途の働きは病気を吹き飛ばすのかも知れない。それに引き替え、朝食後に数種類のクスリを飲む小生は、どこか気が弛んでいるのかも知れない。↑ページトップ

080616 ねんきん窓口で考える
 
年金記録についての「ねんきん特別便」について、わからないことがあったので社会保険事務所に二度行った。このような書類は、多分苦手な方が多いと思われるが、すんなりと納得がいかないように書かれている。小生のように職場を転々と変わっているものにはややこしい。
 しかしこれ以上わかりやすく書くのも難しい。権利義務を伴うものは慎重を期すため、難しくなるのも無理もない。窓口の人は懇切丁寧に説明してくれた。このように親切に仕事をしていれば、年金の記載間違い・漏れは起きなかったと思ったが、一定の割合で不親切あるいは仕事の内容の把握できてない職員がいるのかもしれない。
 窓口で質問する時は、現職の職員に尋ねるのが一番である。退職した嘱託職員が対応する場合もあるが、いろいろな事務の内容は年ごとに変化しているので、嘱託職員では役に立たないことがある。嘱託職員が「その点は変わっているので知らない」と言って、知っている人に代わってくれればいいのだが、変わったことを知らないか、知っていても何とか誤魔化せばいいと対応する場合がある。
 窓口といえば、われわれの専門分野についても同様である。水道局の人が市民から水質のことで質問を受けた時に、的確な解答をする必要があるが、自分の専門を自負すればするほど、知らないことを知らないと言いにくい。知っている人に代わるとか、調べるから後刻解答すると返事をする必要がある。
 そのようなことは大学の先生方も同様である。マスコミに対応する先生は何でも知っているように見受けられる場合が多い。彼はその専門でないのにと思うことがよくある。もちろん先生商売をやっている人は、研究分野より幅広く専門的知識を持っているから、素人に対する対応はある程度可能である。しかしもっと知ってる人がいる場合が多い。
 マスコミ側は専門家を選別する手間を省くために、各分野ごとに質問する人やコメンテーターを決め、彼等に向かって質問をし、質問を受けた人がそれなりの返答をする。しかし、この事項への質問する相手はもっと適任者がいるのにと思われる場合でも、視聴者は画面に登場する人がその分野の最高の人で、その人の言うことを最適解と受け取る。
 社会保険事務所へは、年金記録についての質問に行ったのだから、空いていたし、場違いの質問であったが「高齢者保険制度」についても質問してみた。「いろいろご不満があるみたいですね」とかわされてしまったが、年金からの天引きについて、不能欠損で処理する部分が多いからではないかと聞いたら、「よく知ってますね」と言われてしまった。ゴテ得が多いと言うことである。正直者が馬鹿を見ているという実態がある.
表向きは収入が低いという形を取るので、差別とかいじめとかの形に転化されて、窓口では手が出ないのが実情である。何にも知らない連中が「天引きはけしからん」と煽っている。煽られると天引きはよくないことという世論が形成されていく。
 実際に低い年金で天引きが困るケースもある。しかるべき人の査定によって、例外的に扱えば済むことである。
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080611 来間島

 小生が好きな橋は、宮古島本島と来間島を結んでいる1690mの農道「来間大橋」である。エメラルドグリーンの海を左右に、ときおり魚の姿を見ながら渡る時は、何とも言えない爽快な気分になる。わが国で海が一番綺麗に見える橋と思っている。宮古島本島と池間島を繋ぐ「池間大橋」もいい。
 また来間島のサトウキビ畑は、森山良子の歌「さとうきび畑」の歌詞にある「ざわわ、ざわわ」そのものである。そこを横切り紺碧の海を前にして白砂に寝ころぶ。正に南国の楽園である。観光客が少ないのがいい。
 来間大橋を渡って来間島に着いてすぐ右手に竜宮展望台がある。この展望台のデザインはあまり好きではないが、そこから見る景色は良い。宮古島で行われる全日本トライアスロン大会の水泳会場である与那覇前浜が見える。
 この展望台の入り口付近にこの小さな島の唯一のみやげを売っている店が数軒ある。しかしここでみやげを買うことを期待するほどの街並みにはなっていない。それよりすぐ近くにあるカフェ「南国の楽園」がいい。建物と内部の雰囲気は、宮古島本島にも見当たらないくらいよい。マンゴフロート、マンゴパフェ、ゴーヤ炒めなど南国らしい美味しいものを食べることができる。
 このカフェを取り仕切っているのは、本「楽園の花嫁」の著者である砂川智子さんである。彼女は沖縄では結構知られているようで、沖縄大学教授の当時の宇井純さん(有名な公害原論の著者)としゃべった時に、彼女の名前が出てきた。彼女は室町幕府四職家の一人である山名氏の末裔である。
 この小さな島を横切る時、運がよければ「クイナ」に出会うことがある。飛翔力がほとんどない茶褐色の鳥で、ちょこちょこと歩く姿がかわいい。案外すばしっこい。急に出てくるのでカメラを用意する間に逃げられてしまう。夜間には椰子蟹に出会うこともあるという。
 来間島の海については宣伝せずに、密かに自分の隠し場所にしておこうかとも思ったが、インターネットで調べると、数は少ないがこの島に魅せられた記事が載っているので、書くことにした。売店などないといっていいくらいだし、夏は暑いから日除けの工夫が要るが、観光用のパンフレットにある外国の海に優るとも劣らない珊瑚礁の綺麗な海を、独り占めするような気分に浸れる。小生も多くの外国の海に行ったが、寝ころんで本を読むにはここが一番である。
 宮古島・来間島は宮古そば、ゴーヤチャンプルー、島豆腐、島ラッキョウ、マンゴなど食べ物も好きなものが多い。さらに、蛇の嫌いな小生であるが、この島にはハブはいない。宮古島・来間島は良いところ。そこに住むことが叶わないなら、ときどき訪れて素朴な自然を満喫したいが、それもそろそろ儚い夢に終わりそうである。
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080610 宮古島−2
 
宮古島は小さい島だから、ウチナンチュウの知っている史跡があるわけではない。1873年に遭難したドイツ船の船員を助けたことを記念してできた「うえのドイツ文化村」というテーマパークがある。2000年の沖縄サミットの時には当時のドイツのシュレーダー首相が訪問している。テーマパークにあまり興味を持たない小生は、横目で見ただけで、まだ入ったことはない。
 それより大きい人に税を課するという基準石である「人頭税石」も見ることができる。143cmの高さである。 久松五勇士のモニュメントがある。1905年、日露戦争の折り東郷平八郎司令官(当時大将、後に元帥)が率いる日本艦隊がロシア海軍のバルチック艦隊を打ち破ったが、その折りバルチック艦隊が北上するのを宮古島の漁師が発見した。宮古島には無線装置がないので、漁師5人が石垣島までの170kmをサバニ(沖縄地方の手漕ぎ漁船)を必死に漕ぎ15時間かけて知らせに行った。
 実際は彼等の知らせより偽装巡洋艦「信濃丸」からの連絡が数時間早かった。無駄だったのであるが、彼等の努力が明らかになり、その勇気と偉業を讃えることになった。それが久松五勇士顕彰碑である。石垣島には「久松五勇士上陸地」の碑があるとのことである。
 日本海海戦といえば、小生の年代の者にとっては、旗艦「三笠」から大本営に打電した「敵艦見ユトノ警報ニ接シ、連合艦隊ハタダチニ出動コレヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレド波高シ」という文句と、旗艦が掲げた「Z旗」とその旗の持つ意味「興国の興廃コノ一戦ニ在り、各員一層奮励努力セヨ」が懐かしい。年配者は、ここ一番の時に「Z旗を掲げる」と言う。旗艦「三笠」は海軍基地(海上自衛隊及び米軍)である横須賀市の三笠公園に、世界三大記念艦として保存されている。
 「三笠」の他の世界三大記念艦は、ポーツマス(英国)の「ビクトリー」とボストン(米国)の「コンスティチューション」である。後者はボストンに行った時に見学した。米国独立戦争の時に活躍した三本マストのフリゲートであるが現役の船である。
 観光用のパンフレットには載っていないが、国会議事堂の中央広場や柱に宮古島産の石灰石トラバージンが用いられている。その石が存在する処も、周りの景色も良いので、観光するに値する処である。
 今年2月、小泉純一郎元首相一行が宮古島を視察した。サトウキビを原料とするバイオエタノールを3%添加するE3計画を何とか進めたいからである。同計画は石油業界が別の計画、すなわちバイオエタノールから合成した物質「ETBT」をガソリンに混ぜる方式を進めようとしていて、政府の推す計画に賛同せず暗礁に乗り上げているのを打開する為の来島であった。
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080605 宮古島−1

 
宮古島は水道の施設として緩速濾過を行っている。浄水場のすぐ横が飛行場で、飛行機の離発着を楽しむことができる。しかし滑走路が短くてジャンボクラスの大型機が離発着できないので、大きな飛行機の迫力ある姿は見ることができない。オリックスのキャンプ地を望むことができる。
 宮古島には山がない。だけれども渇水がない。地下ダムがあるからである。地下ダムとは、地下に壁を作って水を貯留できるようにしたものである。地下ダムの造りと溜められた水を見学できるところがある。もし宮古島へ行く機会があれば見学することをお勧めする。 
 地下ダムの上に降った雨が浸透してダムの水になる。ダムの上は農作物があるので、窒素肥料の影響で硝酸性窒素と亜硝酸性窒素の濃度が高い。これらの窒素濃度が高いとメトヘモグロビン血症の原因となる。そこで地下ダムの上の作物に対して、窒素肥料の散布制限が行われている。
 観光としては、まず東平安名崎(ひがしへんなざき)をお勧めする。天梅群生落に覆われた細く尖った岬である。岬の先端に向かって左に東シナ海、右に太平洋、岬に接する海岸は紺碧の海が2kmほど続く。先端の灯台からは360度の展望を楽しめる。天梅は高さ50cmほどのバラ科の常緑低木で葉は羽状複葉で光沢がある。
 島尻マングローブもいい。ヤエヤマヒルギやヒルギダマシなど5種のマングローブが見られ、野鳥も多種多数見られる。遊歩道が整備されており、本土では見られない海辺と植物の一体的景観が満喫できる。
 宮古島にはハブはいない。ハブの化石は見つかるから、初めからいないのではなく、2万年前の地球の氷河期にハブやミヤコノロジカが消えていったと考えられている。
 宮古島は山がない平坦な島である。そのため島の面積の割にゴルフ場の占める面積が広く、初心者に向いているとのことであるが、ゴルフをやらない小生にはどうでもいいことである。
 それより宮古島の道路が整備されているのには驚く。農道とのことであるが、歩道が整備された舗装された道が張り巡らされている。交通量は多くないので、道を車で走ったり歩いたりするのが気持ちいい。道路特定財源が賑やかに報じられている時、車の少ない高速道路を槍玉に挙げる報道が多かったが、田舎でも道が整備されているのは気持ちいいものである。少なくとも宮古島の道路は贅沢とは思えない。
 平坦でかつ道路が良いので、トライアスロンを行うにはもってこいの処である。だからこそ毎年4月に全日本大会が開催されるのであろう。競技と関係なく、ジョギングをするには最適な島である。
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080604 沖縄問題-3 
 
沖縄返還の話が進む過程では日章旗が焼き捨てられるようなこともあった。「即時返還、無条件、全面返還」の声がナショナリストや左翼から上がったが、両者は異なるグループである。沖縄返還のとき、第二次世界大戦当時の帰属に戻すのが当然と日本人は思ったであろう。しかし歴史的経緯をみれば、沖縄処分以前に戻すと言う案があっても不思議ではない。
 だから独立論も出てくる。しかし、独立は軍事力の観点から無理である。どこかの国の保護を仰ぐか隷属することになる。隷属なら米国にそのまま属する方法もあったはずだ。隷属するくらいなら、しかるべき自治体としてある国の一部になったほうがいいと思うのは自然の成り行きである。
 いろいろの選択肢があったのに相応して、その選択肢を選ぶグループが構成されていった。その中で親日派は案外人気がなかったのである。返還までは日章旗をかざしていた光景が返還間近には日章旗から赤旗に変わった事実がある。基本的にはこの構図は今でも続いている。日本における左翼の最後の砦が沖縄である。
 集団自決を日本軍が命じたかどうかということの裁判が大阪地裁であったこと、それと連動した教科書検定が最近話題になった。そんなに古くない話が「言った、言わない」で騒動になる。歴史は都合の良いようにネジ曲げられる。それを利用しようと手ぐすね引いて待っている国は地球上のあちこちにある。
 沖縄の政治を本土と同じ背景に立って見るのは間違いであるが、沖縄側はその違いを意識しないように早くなるべきである。そうしないと大きな国に呑み込まれて一層苦労することになる。そのことを今回の聖火リレーから学ばなければならない。
 一方で本土人も、自分の国は「真面(まとも)」であると考えがちないつもの独りよがりから脱し、わが国にも自治に苦しんでいる地域があることを知らなければならない。聖火リレーには、歴史に刻まれた叫び声もリレーされて騒動に繋がった。
 ヤマトンチュウはよほど政治に関心がない限り、沖縄の置かれた状況や歴史に関心を持っている人は少ない。沖縄といえば観光地、沖縄料理、米軍基地ぐらいしか知らないのではないだろうか。
 基本的にはそれでいい。一体感を持つためには摩擦になる事象は風化した方が良い。風化と無知とは違う。ウチナンチュウに対する敬意を失わず、チベット問題が出た時ぐらいは心を引き締めるぐらいは必要である。
 このような政治的な話を離れれば、この珊瑚礁の島々、沖縄はいいところである。観光客も多く、最近では本土からの移住者も増加している。小生も沖縄、中でも宮古島に住みたいとの願望があるが、既に病気持ちの身であるので、対応できる医療施設があるかどうかが心配である。
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080603 沖縄問題−2
 
米国の支配下にあったのは沖縄も本土(正式には連合軍)も同様であるが、本土より支配された度合いは強く、政治は、一定の自冶権はあっても最終意思決定は米軍であり、貨幣も円ではなく交通も本土とは異なり右側通行であった。それも日本の戦争に巻き込まれた結果であり、本土の犠牲になったという感情から、反日感情が生まれるのも頷ける。
 現在でも中国や台湾は、実質は認めていて文句は言っていないが、形式的には沖縄を日本と認めていない。いつ表立って文句を言ってくるかは予断を許さない。尖閣諸島は沖縄県である。1956年の琉球国民党発足の時は、韓国や台湾までもが独立をそそのかしている。
 日清戦争に勝利した結果、中国が沖縄との冊封関係を閉じ、「琉球処分」を認めた形になっているが、正式な書面を交わしたわけではないので、いつなにを言ってくるかわからない。
 わが国としては、沖縄の陸地面積は小さいが、排他的経済水域は非常に広い。既にコラムのどこかで述べたが、国土の面積は世界第60位であるが、領土プラス排他的経済水域の面積は、世界第6位であり、そこに占める沖縄の役割は大きい。
 沖縄は独立しても不思議でないが、独立を阻む大きな要因は軍事力と経済力である。それらを自前で解決できる力がないから、日本に組み込まれた。農・水産業以外に大きな産業はない。経済的自立は難しいが、シンガポールのような小さな国が独立国として高いGDPを上げている。しかし立地条件が違う。
 経済力がなければ軍事力を持つことができない。世界的に見ても、軍事力を持たない被保護国はアンドラ公国とモナコ公国ぐらいで、前者はスペインとフランスの、後者はフランスの被保護国である。軍事力は自ら持たずに保護している国に守られている。歴史的な過程はあるが、簡単に言えば属国にするほどの価値を持たないミニ国家である。
 平和論者の中には、軍備を持たなければどこの国も攻めてこないという。軍備があるから攻めてくるのだと言う。この性善説の理論は、わが国の憲法9条と結びついて案外広く信じている人がいる。
しかし、残念だけれど、戸締りをしないと泥棒が入るリスクは高いことは確かである。そのために家に戸締りをするように、軍備は国の戸締りの役目を果たす。沖縄は地理的に軍事力がなければ周りの強国の脅威に晒されるような位置にある。どこかの属国にならざるを得ない。沖縄の陸地面積は狭いけれど、排他的経済水域は広いからである。↑ページトップ

080602 沖縄問題−1

 北京オリンピックの聖火リレーは、チベット問題で揺れた。ロシアなど自国に民族問題を抱えてチベット問題に深入りしたくない国を非難し、一方でわが国にはそのような民族問題はないかの如く報じられている。しかしわが国にもあるのである。沖縄である。
 岩国の基地問題が論じられる時、単純に沖縄には基地が多いからそれを分散すると捉え、同じ「県」レベルの単なる不公平な過重負担の問題と捉えているように思われる。しかし沖縄は本土と等質な「県」ではないのである。
 県知事選挙の時、本土と同様に与党と野党が争っていると取られている。しかし、沖縄には親日派、反日派、独立派、親中派、親米派などが入れ乱れているのである。沖縄は本土と完全に精神的にはまだ一体化していない。沖縄に初めて訪れた時、沖縄の人「ウチナンチュウ」を、本土の人「ヤマトンチュウ」と区別していることを知って吃驚した。
1970年にフィリッピンのマニラにあるWHO西太平洋事務所で、上水道に関するセミナーがあり、日本代表として参加した。小生の初めての外国出張であった。未だ沖縄返還前で、沖縄からも代表が来ていた。自分は日本人と思って対応したが、英語の混じる会話とあくまでも沖縄代表という態度に戸惑った。しかし、今まで全く知らなかった沖縄問題を教えてくれた。
沖縄人は全て日本復帰一色でないことを聞いてびっくりした。復帰派のほか独立派、親中派がいることを知った。反日派がいるとは知らなかった。沖縄の英雄には日本に刃向かった人が多いという。例えば林成功という廃藩置県に反対した人物がその代表という。彼は廃藩置県に反対して、沖縄への軍事支援を要請のために清国に渡っている。
沖縄に他府県と同じ権利を、と唱えた沖縄自由民権の父である謝花昇も沖縄の英雄の一人である。
 沖縄は約130年前まではれっきとした王国であった。1609年、薩摩・島津藩による「琉球征伐」によって服属させられた。「琉球征伐」とは、朝鮮侵攻のため豊臣秀吉が命じた各藩への兵員物資の要求に対して、経済的に苦しい薩摩が、琉球王に食糧の供出を要求し、それを拒否されたことを恨んで琉球を制圧した事件である。それまでの沖縄は当時の中国「明」に朝貢し、且つ国王の任命を受けていたのである。
 琉球征伐の後も中国の冊封関係あり、一方で薩摩に実行支配される二重構造にあった。その後明治維新になり、「琉球処分」(琉球藩設置から廃藩置県までを指す)によって1872年(明治5年)に琉球藩、1879年(明治12年)沖縄県になった。ここで完全に独立を失った。独立王国を「県」に組み込んでから、まだ150年も経っていないのであるである。
人民解放軍がチベットを軍事制圧したのは1950年だから、沖縄とチベットがそれぞれの国に組み込まれた時期は、約70年の期間しか離れていない。チベットの独立を弁護するなら、沖縄を手放すぐらいの覚悟が必要である。↑ページトップ

080530 スポーツの戦争化
 パーティーや飲み会で、この時とばかりに挨拶を長々とやる人がいる。しかるべき立場の人が連絡事項を兼ねてしゃべる場合を除いて、単なる時間つぶしのものがほとんどである。パーティーそのものが形式上の場合はそれでいい。しかし、挨拶の後が重要なら、挨拶は短い方がいい。形式化は本質を見失い、知らずのうちに違う方向に人を導きやすい。
 スポーツ大会の場合は競技することが本番だから、セレモニーは、たとえオリンピックでも大げさにやる必要はない。大げさにやると、どうしても軍隊調に近づく。軍隊調に近づくと国威発揚になる。国威発揚になると排他的になり、異常に勝つことにこだわるようになる。最近の中国などでみられる審判の、自国有利な判定、相手に対するブーイングがそれである。このような悪い方向への連鎖の出発点になる聖火や宣誓はなくてもいいと思っている。
 わが国のサッカーJリーグの試合は、サポターの勝ち負けにこだわる応援が一般化し、ホーム側の応援団一色になり、自チームを応援しまくる。それが当然のように取られるようになってきた。中国化・北朝鮮化してきた。
 味方さえ勝てばいいというのが一般化してきた。「正々堂々」という言葉の持つ「ルールに則り不正のない、相手をも思いやる」という意味が風化してきたようだ。「中東の笛」を批判し、わが国はそんな国ではないと思いつつも、皆が気付いているよりも深く、いつの間にか良貨が悪貨に駆逐されつつある。
プロ野球の応援でもそうである。昔のようにのどかに観戦することができなくなった。応援するチームのグッズに身を固め、鳴り物入りで自チームだけを応援する。応援することで選手を励ますというより、相手にプレッシャーを掛けようとするが如くである。
 左右に分かれて、ルールに従って応援する甲子園の高校野球はいい。エールの交換があるし、野次り倒すこともない。地元チームの時は当然応援団の人数が多くなるが、相手を威嚇する雰囲気ではない。基本的には相手を尊重しているからである。
 プロ野球の応援は、この高校野球の応援と同じことをやっているつもりかも知れないが、形は同じでも内容は全く違う。声を出したりする行動は同じでも、心構えが違うのである。自チームが勝てばいいのである。ラミネスのホームラン球を弾くが如くである。もう中国の応援を批判することはできない。
 最近、いろいろの犯罪が起きる。殺人のような凶悪犯罪が起きない日がないと言っていいくらいである。自制心が無くなってきた。海岸や河川敷でバベキュー、花火、宴会、ゴルフ練習などが無法に行われていることが報じられている。順法精神とマナーの欠如が顕著になってきた。
 法遵守とマナー欠落は、相手を思いやる心の欠落から来ている。軌を一にして、スポーツが平和と友好を通り過ぎ、戦争の如く勝ち負けにこだわるようになってきた。自分さえよければいいのである。このような状態では、地球環境問題の解決は難しい。
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080526 松江市
 宍道湖に面する松江市の中で最も"売り"である景色は、宍道湖内の唯一の島「嫁ヶ島」から見る夕日であり、抜群である。水を前面にした夕日はどこでもきれいだが、小生の経験の範囲では、宍道湖のほかにマニラ湾、バッファロー市(エリー湖)、宮古島の夕日が印象に残っているがパンタナール湿原(ブラジル)での地平線に落ちる夕日も良かった。
 宍道湖に面する松江市は落着いた城下町で、小泉八雲が愛した街ということがよくわかる。彼の旧居と記念館があり見ることができる。松江城もいい。「太閤記」の著者「小瀬甫庵」の縄張りで工事したもので、堀尾吉晴(豊臣政権三中老の一人、俗称茂助)が築いた天守閣は優雅ではなく荒々しいがそれはそれで趣がある。
 嫁が島の対岸辺りから北上すると、島根県立美術館があり、さらに足を延ばして白潟公園を散歩してから宍道湖大橋を北上する。この辺りは夜景がきれいであるから、夕方の散歩もいい。もちろんここらでも綺麗な夕日を見ることができる。
 さらに北上し県民会館を横に見て、北惣門橋から広い城山公園を散策しながら松江城に登る入口に達し、お城に登るコースがお勧めである。天守閣から眺める宍道湖も必見の景観である。松江城に限らず湖畔に立つ城の天守閣から見る景色はいい。街の景色と湖の眺望を一度に見ることができるからである。例えば、彦根城がそうであるが、松江城の方が湖に近い。
 今治城は、湖ではないが瀬戸内海に接して立つ。今治市が一望できるが、天守閣周辺の公園は松江城のほうがいい。
 松江は古い城下町に育まれて、京都、金沢と並ぶ茶菓子処で、「山川」「若草」「朝汐」など日本の代表的和菓子がある。もっとも有名なのは、落雁の一種「山川」であるが、第7代藩主松平治郷(号は不昧)の歌「散るは浮き ちらぬは沈む 紅葉ばの 影は高尾の 山川の水」から来ている。小生は一種のきんつばである「粒より」というのが好きである。
 駅より少し離れているが「八重垣神社」がある。古事記にある日本初の和歌「八雲立つ出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」と読まれている神社である。八岐大蛇を退治した素盞嗚尊(草薙の剣の生みの親)が祀ってある。
 湖に面した都市は、同じ水でも海に面する都市とは異なった趣がある。海と違って湖の水面が静かなことと関係があるかも知れない。県庁所在地としては松江のほかに滋賀県の大津市がある。そのほか大きな街としては諏訪市がある。これらの都市は共通して、静けさがある。
スイスのジュネーブやチューリッヒなども人口が多い割には静かな雰囲気があり、湖畔の散歩が楽しいことなどわが国の湖畔都市と共通している。今では浜松市も浜名湖に面した政令市であるが、市街地は離れている。五大湖はもう湖というより海であるが、ミルウォーキー市(ミシガン湖畔)も湖畔都市らしくいい。ビールと美術館が気に入った。
 淡水化助言者会議のほか別件でも数回も島根県に行く機会があり、最後の訪問県であったが、訪れた回数は多くなった。
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>080524 宍道湖の見方
 
都道府県のうち小生が最後に訪れたのが島根県である。宍道湖の淡水化計画について、助言者会議というのが作られてその一員になった。委員長は西条八束名古屋大学教授(故人)である。詩人の西条八十の息子である。
 委員会として淡水化反対という答申をすることになったが、小生ただ一人だけ白紙的意見を貫いた。公共工事の見直しの強い風向きに逆らうような意見には、誰も耳を傾けてくれなかったといってよかった。別に淡水化に賛成したわけでもない。淡水化反対の根拠は、淡水化すると「アオコ」が発生し、霞ヶ浦のように水質が悪くなるからということであった。そうなればわが国の主要なアサリの産地がダメになるほか宍道湖七珍が痛手を受けると言うことであった。
 宍道湖七珍とは宍道湖を代表する魚介類であるススズキ、モロゲエビ(ヨシエビ)、ウナヒ、アマサギ(ワカサギ)、シジミ、コイ、シラウオのことで、その頭文字を取って「スモウアシコシ」と覚えろと言われた。シジミはヤマトシジミで、宍道湖の魚介類の中で生産量が最も多く、わが国のシジミ採取量の約40%を占める。
 小生は、確かに富栄養化して「アオコ」が発生するが、淡水が得られるから、その利害損失を較べた方がいいのではないかと言ったのである。当地は渇水で水道が困るケースもある。米作りは減反かも知れないが、長い目で見た農業用水の需給はどうなっているのか。富栄養化しても水質浄化の手段はあり、アオコ除去も可能である。
 知事との懇談の席でも、小生はその時の風に流されるのでなくて、知事たる者は百年の計で判断すべきである。そのためには多くの資料を集めて検討する必要があると述べた。しかし、はじめから淡水化中止のお墨付きを与えるような委員会であったので、負け犬の遠吠えのようなものであった。
 マスコミも淡水化は環境破壊かつ無駄な公共工事であるとの一点張りで、世論もそれにつられて、そのままにしておくことが環境保全であるということに固まっていた。水質の良くない霞ヶ浦は、水門を設けて仕切ったために淡水化が加速して富栄養化したから、その轍を踏むなと言うことである。
宍道湖は浅い海の一部が堆積物により外海と絶縁されて浅い湖となった潟湖であり、次第に淡水化していった。宍道湖は大橋川によって中海と繋がっている。中海の水は境水道を通って日本海に注ぐ。
大雨が降ると大橋川がネックになって宍道湖湖畔が冠水する。それでは困るから大橋川の流れをよくするような工事をした。そうしたら水の通りがよくなったが、その代わりに今度は日本海の水が逆流して宍道湖に入ってきた。その結果、宍道湖は汽水湖になった。  
 冠水防止の代償が湖の汽水化である。だから、宍道湖の淡水化は昔にかえるだけの話と見ることができる。淡水より宍道湖七珍を選んだということである。環境問題は、どの環境がいいのかと言うことではなく、どの環境を好むかと言うことで決まるようである。世の中は、ある一面だけで判断される場合があるということを経験した。↑ページトップ
0519 宣誓などいらない

 止めてもらいたいものに宣誓がある。宣誓がなくても大会はできる。オリンピックの宣誓が始まったのは1928年アムステルダム大会であるが、大げさな格好を付けたのはベルリン大会である。宣誓や聖火リレーは軍事色の強い演出である。スポーツ競技も戦争も勝敗を争うという共通点があるから、気力高揚の演出は同根である。
 戦争という無駄に血が流れる下らない行為が有史以来続いている。その下らない行為を競技の形でガス抜きをして、騒ぐ血を押さえる効果を期待する側面がスポーツ大会にはあるから、軍隊調の演出になるのは仕方ない。
 マスゲーム特に北朝鮮で大きな行事の時に行われる一糸乱れずのゲームは、きれいを通り越してすごさを感じる。人数が多くて一糸乱れない動きは、軍事的雰囲気を醸し出す。ロシアの軍事パレードとダブってみえる。
 高校野球の甲子園大会の開会式で毎回選手宣誓が行われる。毎回同じような内容で、言う内容も、苦しそうに命乞いをするような口調も毎回同じと言っていい。単なるセレモニーであり、学校の入学式や卒業式と同じである。けじめとして、これから何か始まる時に挨拶は必要であるが、小生はあまり形式張らずに、いつの間にやら始まるのが好きである。
 中学時代に兄と後楽園球場(今のドームではない)へ、初めてプロ野球の公式戦を観に行った。巨人・阪神戦である。今、朝の連ドラの舞台である月島に叔父が住んでいて、そこに泊まった。月島の露地に面する長屋、勝鬨橋の跳ね橋、富岡八幡宮などを初めて見た。情緒のある所である。
 自校の野球部の試合はよく見に行った。試合前に両チームが並んで挨拶してから試合が始まる。柔道で、お互いにお辞儀をしてから試合が始まるのと同じである。それが普通と思っていた。ところがプロ野球は時間が来るといつの間にか始まる。ああこれが大人のやる試合かと思った。何気なく始まる試合もいいと思った。
 もちろんプロ野球でも始球式のような演出はある。米国大リーグでは国歌が流れる。これらはそれほど軍隊調ではないから、我慢できる。大相撲では千秋楽の表彰式の時に国歌斉唱がある。卒業式に歌うのと同じ感覚である。あまり好きではないのがサッカーの試合の前に選手が子供と手を繋いで入場することである。試合に関係ない子供を、無理に引きずり出すような姿に見えて仕方がない。
 余談になるが、月島に行った時、勝鬨橋が橋の真ん中で開閉するのを最後まで珍しそうに見た。今は開閉はできない。鳥取県境港市と島根県松江市江島にまたがり、中海と境水道を仕切る中浦水門もこの開閉橋になっていた。中浦水門は、宍道湖、中海の淡水化計画のために架設されたものであるが、淡水化計画が中止になったため、船の交通のために車の通行が中断される不便さを解消するために、この跳ね橋もなくなる運命を辿ることになった。別の橋「江島大橋」が架かったが、左右に大きな水面を見ることのできる景色のいい所である。
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080517 ただの火ではないか
 オリンピックに限らず、いろいろの祭り・行事で火を用いることが多い。わが国でも、二月堂のお水取りや秩父・長瀞の火祭り、鞍馬の火祭りなどがよく知られているが、火を用いる祭りは全国的にみられる。
 オリンピックの聖火も古代オリンピックで灯すようになったのは、ギリシャ神話に基づいていたが、精神はわが国の火祭りと軌を一にしている。1928年のアムステルダム大会から、近代オリンピックに再び導入されるようになった。しかし年代を経て合理主義が普遍化するに従って神話性が薄れ、イベントを盛り上げる演出と化していく。それを決定づけたのはヒットラーである。1936年のベルリン大会から聖火リレーが行われるようになった。この大会はナチスドイツのプロバガンだとして行われ、開会式に集まった10万人のドイツ観衆が、右手を上げて「ハイルヒットラー」と大声で唱和した。
 この辺りからオリンピックが国威発揚の場として利用されるようになってきたが、最近では金儲けの場と化してきた。純粋にスポーツの技術を競う場という意味から完全に離脱してきた。今回の北京オリンピックの聖火リレーの各地における騒動に対する中国人の反応は、多くの非難を浴びているが、友好の精神が抜けた国威発揚だから、それにケチをつけられた若者側の反応としてはそれほど奇異ではない。
 赤旗の行列と中国人に守られた聖火や少人数のチベット国旗を翳す人々に赤旗を振りかざして襲いかかる光景は、まるでその地が中国に占領されているように映った。もしかしたら、わが国が朝鮮、中国その他の地に侵攻した時も同様な雰囲気を各地で引き起こしたのではないかと想像した。
聖火リレーでの混乱はなかったが、東京オリンピックも国威発揚のためであった。血を流すようなことはなかったが、北京オリンピックを迎える各種の行事は、我が国も通って来た道である。もし今度の騒動を非難するなら、まず聖火リレーの意味を問い直した方がいい。
 オリンピック発祥の地ギリシャのオリンポスで太陽光線を集中して採火する。燃料の液体プロパンと発火はオリンポス特有のものでない。ただ当地で点火するだけである。小学生の頃、虫眼鏡を使って紙に光を当てて発火させたものである。黒い紙は発火が早かった。このようなことを格好を付けてギリシャでやっているだけである。1976年モントリオールオリンピックでは聖火を電子パルスに変換し、アテネからの光を衛星を使ってレーザー光線で再点火してオリンピックの光を運んだこともある。
 どこでも成分が同じ原料に同じ刺激(エネルギー)を与えれば同じ反応が起きる。あたかもギリシャに特有の火と錯覚して有り難がっているだけであり、演出を事実と錯覚し、映画やテレビドラマで涙を流すようなものである。それを、大げさに世界中を走り回すようなことがどんな意味があるのか疑問である。止めてしまえと言いたい。
 お座敷小唄の「富士の高嶺に降る雪も 京都先斗町に降る雪も 雪にかわりはないじゃなし 溶けて流れりゃ皆同じ」の如く、火は火である。
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080515 草薙の剣
 北京オリンピックの聖火リレーは、いろいろ話題を振り撒いて走っていった。それに連れて様々なことを考えさせてくれた。
 人間は、古くから火に対して、神秘なもの・神聖なものとみて、畏れの気持ちと感謝の気持ちを持ち、家の守護神として、また作物の神として信仰してきた。激しい霊威や神威を感じることから、火の神、竈の神を荒神と呼んでいる。そして水、川、山などとともに、火は必ず宗教、神話に出てくる。
オリンピック聖火は、もともと古代オリンピックに灯されていたものを再現したものである。ギリシャ神話においてプロメテウスがゼウスのもとから火を盗んで人類に伝えたという故事に因んだものである。
 わが国では、日本書紀に「火打ち打ちの巻」があり、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が火に囲まれたとき、「草薙の剣」で払ったというのが記載されている。それらの地名は今も残っており、火に囲まれたのが焼津(静岡県焼津市)で、剣で掃ったのが草薙(静岡市)ということを中学生の時に教わった。
 それらの地をJR東海道線の駅で言うと、大阪から東京に向かって、駅は・・焼津、用宗、安部川、静岡、東静岡、草薙、清水・・と並んでいる。ヤマトタケルの話を聞いた時は焼津(やいず)と草薙は少し離れ過ぎているのではないかと思ったが、神様は距離間のスケールがわれわれとは違うと今は納得している。
 なお、草薙は静岡における中心となる運動場がある所で、小生は高校生の頃に陸上競技の県大会や練習のためによく通ったところである。草薙野球場は、1934年の日米親善野球で「沢村賞」で名を残す沢村栄治投手が、ベーブ・ルースやルー・ゲーリックを擁する全米を相手に、ゲーリックのホームラン一本で負けたが、超スターのベーブ・ルースを三振に取るなどの好投をした。今と違ってわが国野球の黎明期であり野球レベルに大差があった頃であったので、沢村投手の名を後世に残すことになった試合として、今でも語り草になっている。
 なお、「草薙の剣」は素盞嗚尊(すさのうのみこと)が出雲の国で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した時に尾から出てきたものと言われる。正式には「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)と言い、三種の神器の一つである。ヤマトタケルノミコトを祀ってある草薙神社が、静岡県立大学の近くにある。
 現在の若者は三種の神器を知れないらしいから少し加えると、皇位継承の証しとして天皇の即位に際し代々伝えられるものである。八咫鏡(やたかのかがみ)、八尺瓊勾玉(やさかのかがみ)および天叢雲剣の三種であり、現在では八咫鏡は伊勢神宮に、天叢雲剣は熱田神宮に神体として祀られ、八尺瓊勾玉は皇居の御所に安置されている。前二者のレプリカが皇居に奉祀されている。源平の合戦の折り安徳天皇が入水された時に、剣も一緒に海底に沈んだはずであるが、それはレプリカであったという。↑ページトップ

も く じ
080716 サミットとはなにか
      国連分担金

080709 そんなもの要らない
      −タバコ2

080708  そんなもの要らない
      −タバコ

080704 そんなものは要らない
      −携帯電話2

080702 そんなものは要らない
      -携帯電話1

080630
そんなものは要らない
      - 宇宙旅行

080627 そんなものはいらない
      -参議院

080626
 ダイオキシン類
          特別措置法

080625 世論は作られる
080624 1年ぶりのクラス会
080616
ねんきん窓口で考える
080611 来間島
080610 宮古島-2
080605
 宮古島-1
080604 沖縄問題-3
080603 沖縄問題-2
080602 沖縄問題-1
080530 スポーツの戦争化
080526  松江市
080524 宍道湖の見方
080517 ただの火ではないか
080515
草薙の剣
080519 宣誓などいらない
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