水道の来し方行く末
  Mitsumi Kaneko
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080314 水道の来し方行く末(20) 消毒8−クリプトスポリジウム
 1996年に埼玉県越生町で起きたクリプトスポリジウム事件は、今までの塩素消毒依存の体制を揺るがしただけでなく、水道の水処理システムに大きな変化をもたらした事件であった。クリプトスポリジウムは塩素抵抗性が非常に強く、通常の塩素消毒は役立たない。それに対して分離膜でクリプトスポリジウムのオーシスト(クリプトスポリジウムが外部環境で存在する生活環の一形態)を濾過する方法が採られるようになった。それによって膜に関する技術が向上し、濾過プロセスに対して膜が広く使用されるようになってきた。
 この事件は、人口1万4千人ほどの町で約9千人が感染した大事件であったが、あまり報道されなかった。ちょうど同じ頃、食品による大腸菌O157感染事件が全国的に起きていて、マスコミの注目がその方に向いていたからである。この事件に関わった様子や感想は小生の随筆「曲がりくねった道第15,16回」(環境技術Vol.36,No.6&8)に載せてある。   
 当該浄水場は、クリプトスポリジウムに汚染された原水を、凝集沈殿が不十分のまま塩素消毒して給水していた。伏流水(川の水が浸み込んだ水)を原水としていたので、もともと濁度は低い。そのため、凝集沈殿が不十分でも見た目はそれほど悪くない。しかしクリプトスポリジウムは含まれていたと思われる。その水を通常の塩素処理をしても、塩素に強い病原体なので役に立たなかった。そのため感染症の大流行が起きてしまった。
  越生町の事件が起きてすぐ対策委員会が立ち上がり、暫定対策指針を策定することになり、その座長になった。小生の人生の中でもっとも忙しい時期であったが、約4ケ月という早さで暫定対策指針が纏まった。国レベルの緊急時に関与できたことは、自分の人生の中で大変価値のある、思い出深いものである。「暫定」が取れた時には関与しなかったが、現在の基準は「暫定」の精神はそのまま引き継がれている。
 研究者になる時にささやかな三つの目標を持った。@著書の上梓A業績が明らかに認められることB実務の分野で印象的な貢献をするであるが、@の目標は比較的に早く達成できた。Aは外国の本に小生の図が掲載され、それが縁で国際的な知己ができた。Bの目標については、クリプトスポリジウムの暫定対策基準に関与した事が、自分の人生を振り返ってみた時に、それに相当する一つと挙げることができる。
上記の対策委員会では、クリプトスポリジウムに対しては塩素で殺すことを諦め、原水の管理と水処理をしっかりやることにした。水処理プロセスの中に、必要に応じて分離膜を用いれば、確実にクリプトスポリジウムを除去できる。クリプトスポリジウム対策としてオゾン処理をしているところはないが、高度処理としてオゾン処理をしているところでは、クリプトスポリジウムの不活化効果も期待できる。
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080311 水道の来し方行く末(19) 消毒7-テロ対策
 
 トリハロメタン問題は消毒のやり方への再考を促したが、消毒効果そのものに疑問を与えたものではない。塩素消毒していれば水道水は安心との考えが行き亘って以来、その消毒効果が見直された時が2度ある。2001年9月11日の米国におけるテロの時と2006年の越生町クリプトスポリジウム事件の時である。
 9・11テロの時は、爆弾テロの他に白い粉がばら撒かれて、それが炭疽菌ではないかと騒がれた。実際に米国では30名ほどの皮膚炭疽、肺炭疽の患者が発生し数名の死者が出た。炭疽菌は、芽胞という特殊な形態の細胞を作ることができ、この芽胞は悪環境に生き残る性質を持っていて、塩素などの消毒剤に対して強い抵抗力を示す。だから、水道水の中に撒かれたら、塩素消毒が役に立たないかとの不安に襲われた
 わが国では、9・11事件より前、1975年に成田闘争の流れで、千葉県水道局北総浄水場に農薬と油を混入され、浄水の送水が9日間ストップするのを余儀された事件があった。さらに、1995年にはオーム真理教によるサリン事件で多数の人が死傷する事件もあった。つい最近まで安全の国と自負していたわが国であるが、実は化学物質によるテロについては先進国なのである。今盛んに見られる中東のテロ事件も、爆弾によるものであって、化学物質や細菌兵器によるものではない。
 だから、わが国の水道当局がテロに神経を尖らせたのはもっともであり、それなりの対策は当然取るべきである。炭疽菌芽胞に限らず多くの微生物が生物兵器のリストに載っている。小生もすぐ米国の知人の微生物学者に米国の対応について質問した。微生物のリストとリスク計算については返事があったが、国としての対策についてはノーコメントであった。テロリスク対策は公表すれば裏をかかれるので当然である。
 わが国も国の機関がすぐ対策に関する種々の委員会を立ち上げたが、あまり公表されていない。小生はテロの歴史を調べ原稿にしたが、その概略は報告書には公表されている。その頃微生物テロに関して相当数の文献を集めたが、いつの間にか多くのものが離散してしまった。手元にあるものもそろそろ処分しようと思っているので、希望のある方は連絡下さればお譲りする。
 米国の白い粉が報道された直後はあちこちの水道局から問い合わせがあった。はっきり言って現在の塩素注入率では防ぎきれないし、少々濃度を上げてもまずダメだろうと答えた。対策としては原水取り入れ口付近や浄水場の監視を強化し、浄水場侵入防止をすることである。もちろんテロ危険度が高い時は塩素注入量を増やして、殺菌力を向上させる。オゾン処理しているところでもオゾン注入率を高めるとよい。オゾンは有望な炭疽菌芽胞対策になる。
 このような背景があって、わが国の浄水場に入ることが以前より厳しくなった。浄水場を仕切るフェンスが高くなり、モニターも備え付けられるようになった。浄水場など水道施設は水を湛えている部分が多いので、多くの処で公園的な機能を果たしている。それがテロ騒ぎによって失われつつある。↑ページトップ

080304 水道の来し方行く末(18) 消毒やめてペットボトル水?

 
トリハロメタンを怖がり塩素消毒をしないことにして、水の微生物的安全性を放棄することも考えられる。ボトル水が普及したから、飲用の水はボトル水に任せるのである。日本は、世界の中で蛇口から水が飲める珍しい国と言われているが、そんなことはない。先進国の水道水はまず飲める。もしわが国で飲めない水道水を供給したら大問題になり、水道技術管理者はじめ責任者は即刻処分されるであろう。先進国はすべて同じ状態である。日本だけが厳しいのではない。
 日本が経済的に上り詰めた頃から、わが国が何でも一番というように考える風潮が生まれた。世界で一番安全とか飲み水が一番安全に飲める国とかいったようにである。浄水場に行き浄水工程を見学しそして管網の事情を知れば、蛇口の水が飲めるかどうか分かる。我が国が発展途上国の水道の技術援助する場合は、浄水が飲用可能になるまでしっかりと指導する。水道水が届く末端までの管網がしっかりしていれば、発展途上国でも蛇口の水は飲むことができるはずである。
 パリに行くと確かにコンビニに置いてあるボトル水はわが国の数倍である。だからと言って彼らが水道水を飲んでいないわけではない。市民に聞いてみればいい。「日本人はフランスの水道水が飲めないと聞く人が多いがなぜですか」と聞かれたこともある。シャンソン歌手の石井好子氏が「日本にはフランスの水は飲めないという神話がある。とんでもない間違いです。多分昔の旅行社が安全を見越した記述がいつの間にか固定したものでしょう」という内容を述べている記事を読んだことがある。パリジェンヌはパリの水道水で産湯を浸かり、成長しているのである。
 外国に行って下痢をしたということをよく聞く。その原因を水にする人が多い。下痢は水だけでするものではない。旅行の疲れ、風邪をひくなどの日常的軽度の体調変化、アルコールの飲み過ぎ、食事内容の変化などいろいろの原因で、国内でも下痢をする。外国旅行をすると下痢をする条件が一挙に増えるのである。なんでも水のせいにするのは間違っている。発展途上国では、氷や生ものは危ない。小生も今まで何度も外国旅行をして、何度も下痢をしているが、飲み過ぎ、食べ過ぎ、夜更かしなど大体自分でも原因がわかった。
 エチオピアでは滝のように流れる下痢に罹った。完全に脱水症状一歩手前までにいき、宇宙飛行士が使う薬で止めることができた。症状から見てクリプトスポリジウム症と思う。この場合の感染ルートはわからなかった。生水は飲んでいなかったし、JICA専門家の佐藤さん(元苫小牧市水道局長、のちに八戸工業大学教授)のご家族が沸かした水を運んでくれていたから、水は原因とは思えなかった。
 臭い水で水道水離れが始まった頃に、それに便乗して浄水器が急速に普及し始めた。それにつられる形でボトル水が普及してきた。ボトルに口をつけて飲むスタイルが定着し、便利さがそれに拍車をかけた。トリハロメタンの毒性、臭い水およびそれらに対する対応の遅れが浄水器とボトル水の普及に強い後押しをしたのである。
 いったん定着した生活行動スタイルはなかなか元に戻らない。若者の朝シャンなどその例である。水道水を雑用水と位置づけ、水道局自体が飲用のボトル水を製造、販売するスタイルを特に否定する根拠はない。水道局が災害用名目で缶詰め水やボトル水を造る処が増えてきた。ボトル水と水道水の価格の相違は100倍以上ある。水道水の方が圧倒的に安い。だから、水道局が住民の飲用スタイルに沿って、ボトル水で飲み水販売の競争に参加する手はある。ただ、ヨーロッパではボトル水より水道水という運動が始まっている。それはペットボトルが資源を浪費しかつゴミ問題を引き起こすなど地球環境対策上よくないからである。
 飲める水が地域に隈なく配られている状態とそうでない場合を比較したとき、どちらが地域の安全性が高いかは歴然としている。それを選択するのは正しい情報に基づく流行に流されない消費者の判断である。
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080220 水道の来し方行く末(17) 消毒4(残留塩素は必要か)
 
塩素を入れなければトリハロメタンのような有機塩素化合物はできない。それなら塩素で消毒することを止めたらということで、消毒-3で塩素の代わりの方法を述べた。それなら思い切って塩素はもちろんのこと何も加えないということも考えられる。消毒するまでの工程で無菌になればそれも一つの選択肢である。また無菌になっても水を配る過程で外部から病原菌が侵入して場合はどうなるかという問題がある。
 通常の水処理工程では、たとえ膜濾過を行っても無菌にすることは困難である。微生物を検査して微生物の存在を確認するが、すべての細菌を見つけることのできる検査方法はない。ある検査方法で見つかるものしか確認できない。別の方法で検査すれば別の微生物が見つかるかもしれない。
 水道では一般細菌数という項目があって水中の細菌数を調べることが行われている。標準寒天培地で測定するが、それによって、水中の細菌が全部検出されているわけではない。その培地を使っても温度、濃度、時間を変えれば検出される菌数が違ってくる。全菌数の数十%が検出できるだけである。だから、水道法の検査法によって検査して細菌が検出されなくても、細菌がいないとは限らない。
 細菌不検出の水を消毒せずに送れば、検査から漏れた病原体が悪さをする場合があるかもしれないし、浄水場から家庭までに水を送る管網の中で細菌が管壁にスケール(壁につく水垢)となって蓄積し、水質を悪化させる可能性がある。病原体を含まない水とするためにはどうしても消毒が必要である。原水を処理せずに配る場合より、濾過する分だけ浄水工程を経た水は安全性は高まるが、消毒しない水道は場合によっては、病原体を配るシステムになりかねない。
 水道水ではいったん消毒してから末端で利用されるまでの間、消毒剤が残留することが求められている。塩素の場合、残留塩素が存在することであり、遊離塩素で0.1mg/L、結合塩素で0.4mg/L以上の残留が水道法で定められている。遊離塩素とは塩素が水中で解離したもの、結合塩素は塩素がアンモニアなどと結合したもので、前者の方が消毒力は強い。
それでは、浄水場を出てから家庭で利用するまので間に細菌が紛れ込んできた場合に、その程度の残留塩素で大丈夫なのか。一般にそれで安全と思っている向きが多いが、実はその程度では心もとないのである。
 病原体が紛れ込む可能性としては、クロスコネクション(誤接合)によって排水が水道に混入したり、洗濯機の排水が逆流するような場合、管のジョイント部分の劣化、管を敷設変えした場合の新しい管の洗浄と消毒が不十分、管そのものの劣化などがあり、外国では浅く敷設された配管が上に走る車によって痛めつけられたり、盗水によって管が壊されるなどのケースがある。
 これらの病原体が混入する場合は、実験室で菌を取り扱うように病原体だけが入り込むだけでなく、同時に濁質や有機物が混入する。それらに消毒剤の相当部分が消費され、またウイルスのように小さなものは濁質に保護されて不活化されにくくなる。実を言うと、現在の残留塩素濃度は気休めにはなるといった程度である。衛生的安全性を守っていると勘違いしてもらっては困る。もともとそんなケースがほとんどないので助かっているのである。現在の残留塩素は管に付く細菌を殺し、スケールの発生を防いでいる効果はある。そういった意味で残留塩素を維持する意味はある。
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080213 水道の来し方行く末(16)消毒-3

 消毒の副生成物量を減らすための処理工程における対応(前コラムのA)については、化学反応による生成物は、反応する物質の濃度が低ければ低いほど生成量は少なくなることを利用するものである。水道はマンガンが含まれていると黒い水、鉄が含まれていると赤い水が生成する可能性がある。そのため、全塩素処理といって浄水工程の前部で塩素を酸化剤として添加して沈殿除去することを行うことが一般化している。そこで、沈殿工程で有機物がある程度除去されてその濃度が低くなったところで塩素を添加すれば、有機物濃度が低い分だけトリハロメタン生成量が少なくなる。中塩素処理である。添加する塩素の濃度も低くすればそれだけ副生成物の生成量は少なくなる。今までは塩素が安価なこともあって塩素の添加量はあまり気にしていなかった。出来てしまったものは(前コラムB)活性炭で吸着して除く。前述の高度処理の目的の一つである。
 塩素を加えるのは消毒と酸化剤として用いることであるから、別の物質でその目的が達成できればその方法を用いることも選択肢に入る。消毒には塩素以外のものを用いる方法がある。その方法にはオゾン、紫外線照射その他の方法がある。しかし、残留効果の点から塩素消毒から抜け出すことが出来ずどのような方法を採るにしても法的には最終的に塩素注入が求められる。
 酸化剤としては二酸化塩素(ClO2)の利用がある。二酸化塩素の特徴は、@トリハロメタンなどの有機塩素化合物が生成しにくい、A消毒力や酸化力が塩素より3倍ほど強く、反応が早い。もちろん鉄やマンガンも除去できるB水中のアンモニア性窒素と反応しないCpH値に大きく左右されないなどである。しかし、有害性の亜塩素酸イオンや塩素酸イオンを生成することや貯蔵できなくオンサイトで生成しなくてはならない上に、残留量測定が塩素のように簡単には出来ないという欠点がある。ガス化したものは爆発性があることも気になる。強い酸化力とトリハロメタンを生成しない利点に注目して、検討するところも出てきたが、塩素の場合より維持管理に気を遣う必要があること、コスト高になること、さらに最終的には消毒としての塩素を注入しなくてはならないことからそれほど普及が進んでいない。またオンサイトということは震災などによる停電に対する緊急時対応が必要である。
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080208 水道の来し方行く末(15) 消毒-2
 塩素消毒が普及するにつれ感染症流行が減り、塩素消毒の効果が認識されるようになった。塩素は固形のものあるいは高圧ガスボンベのものを使用する。塩素はもともとガス状に生成してくるもの。消石灰に吸着させた固形剤が「さらし粉」で、それがいつの間にかカルキと言われるようになり、塩素臭いとカルキの臭いがすると言うようになった。
 消毒に有効な塩素の含有量を多くした「高度さらし粉」と言うのもある。水道事業体の規模が大きくなり処理する水量が多くなると、ボンベに高圧に詰めて液化したものを注入点でガス化して水に混ぜて注入するのが一般的である。塩素は安価でかつ高圧ガス取り扱いを除けば取扱が簡単で、確実に配水管網末端まで残留し、存在量の確認も簡単である。最近は高圧ガスを取り扱うのを嫌い(高圧ガスの法規制と震災時の危険性の回避)、次亜塩素酸ナトリウムの溶液あるいはオンサイトで生成したものを注入するところが多くなってきた。とくに小規模浄水場や排水の消毒には一般的になってきた。
 塩素の消毒、除鉄、除マンガンに対する効果が優れていて安価かつ取り扱いが簡単なことは、塩素さえ注入していれば安心と言う傾向を生むようになり、水道水質に何か手を加えようとするときには先ず塩素を注入してみるというようになってきた。すなわち、水道が塩素漬けのシステムになってきた。それに、待った、を掛けたのがトリハロメタンである。1974年に米国のハリスレポートで塩素化有機化合物に発がん性があるとの報告が発端である。塩素(塩素イオンではない)と有機物が反応して出来る有機物に毒性があるものがあるということがわかってきた、その代表がメタンに塩素が付いたトリハロメタンである。生物の進化の過程において塩素化された有機物はあまり存在しなかったので、生物は有機塩素化合物に対する対応があまり良くない。殺虫剤には塩素化合物が多いのはそのためである。
 水道において塩素利用の状態が安定的に続いたわが国ではトリハロメタンなどの有機塩素化合物に対する対応は遅れたが、やがて水道水質基準に取り上げられるようになり、塩素で消毒すると言う基本的なことには代わりがないが、有機塩素化合物ができるだけ含まれないような対策が進んだ。その対策とは@原水保全Aトリハロメタンなどの有機塩素化合物の生成量が少ないような水処理B出来てしまったものは取り除くというものである。
 @については、塩素を添加してもそれと反応する有機物がなければ有機塩素化合物は出来ない。水がきれいであればあるほど塩素と反応する相手が少ないから副生成物の生成量は少なくなる。このことはトリハロメタン問題に限ったことではなく、水道の原水はきれいである必要がある。
 この点については次のような経験がある。さる河口湖(河川最下流地点に造るダム)から取水して水道水にしようとする計画があった。諮問した当局は、河川水が生活用水や下水処理水で汚染されていても、水道水基準に合格する水を作る自信はあるから水道原水にしたいという説明であった。小生は、水道水基準に合格してもそれが安全という保証にはならないとい意見を出した。それに対して、基準に合格すると言うことはその対象物が安全ということを示しているのではないかとの反論がある。
 しかし、水道の場合は、原料である原水がきれいであるという前提から基準は出来ている。汚染した水を原水にすると、水道のように人の活動の影響を受ける開放系から取水する場合は何が含まれるかわからない。汚染された水を利用するという観点からは水道水基準は出来ていない。原水がきれいだからそのようなものは含まれていないはずだという物質には基準項目は設定されていない。要するに水道水基準は必要条件(水道水が満たしていなければならない)を示すものであって十分条件(測定していない項目を含めて満足している)を示すものではない。基準の前提を無視してはならないのであるが、それが無視されて基準に合格すればすべてOKと取られる場合が多い。この河口湖の場合は結局水道水とすることは取り下げられた
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080206  水道の来し方行く末(14) 消毒-1
 
水道水の最後の仕上げは消毒である。小生は長く消毒に関わってきたので、準備せずにもっとも気楽に執筆できる部分である。このコラムはあまり細かい点までに専門的に立ち入りたくなく、そのような部分は専門書に任せたい。
 それでも誤りを書くわけにはいかないので、それなりの文献は調べるが、消毒に関しては拙著『水の消毒』(日本環境整備教育センター発行、1997年)にちょっと目を通してみた。そうしたら、自画自賛するわけではないが、よく書かれていると思った。膜処理や紫外線についても基本的なところは触れている。それ以後の知見は当然欠けているが、水の消毒に関しては一番整っている本であるという自信はある。新しい知見を加えて改定すべきかも知れないが、次世代の研究者が本著を乗り越えていい本を出版することを期待したい。
 水の消毒は、わが国では塩素消毒が主体で、水道では塩素消毒が法律によって義務付けられている。明治維新に近代水道が横浜に出来た当初は濾過して病原体を除去するだけで消毒は行われなかった。1923年に野毛山配水地に湿式滅菌器が備えられて塩素消毒が行われ、その後、次第に各都市でも塩素消毒装置を備えるようになってきたが、感染症が懸念される時のみに使用した。
 第二次世界大戦に敗れ、米国を主体とする進駐軍が駐留するようになり、1945年戦勝国の絶大の力を背景として、GHQ指示による塩素消毒の強化の命令が出た。このことが実質的な塩素消毒の一般化に繋がり、今日に至っている。GHQの命令は、今日本人が外国に、とくに発展途上国に行く時にその国の水道の水をあまり信用しないが、かつてはわが国の衛生状態がそのように見られていたことの反映であろう。戦後の街を歩くよれよれのズボンともんぺ姿の人々を見たら、とても衛生状態がいい国とは見えず、さらに自分らが投下した爆弾などの影響で水道施設も破壊されて健全な水道はないと思えたのだろう。終戦直後、GHQが浮浪者などに蚤や虱退治にDDTを頭から振りかけていたのと同じ感覚であったと想像できる。
 塩素が水処理に多用されるようになった一つに裏の事情がある。それは戦後にわが国が復興を遂げる過程の一つに合成化学の興隆があったことだ。ビニール製品が出回り塩ビパイプが使われるようになった時は、便利なものができたものだと思ったものだ。このような合成化学には苛性ソーダが欠かせない。その苛性ソーダは塩化ナトリウム(NaCl)を電気分解して作る。そうするとNaからは目的物のNaOHができるが、Clのほうからは不要なCl
が生成される。このように出来た塩素ガス(Cl)は合成の目的物でない。有毒ガスだからそのまま捨てるわけにはいかず利用できることがあればそれに使いたいという時に、水道の消毒への利用があったという事情がある。
 だからいろいろの消毒方法がある中で、塩素利用の消毒がコスト的に一番安価である。塩素消毒をすると塩素と水中の有機物が反応して発がん性のトリハロメタンができるということがわかった。トリハロメタンがクローズアップされた当初は塩素消毒はすべきではないと言わんばかりに騒がれたが、その時ソーダ工業界はちょっと慌てた。塩素ガスの扱いに困るからである。水源保護と処理技術の対応によりこの問題は収まった。
塩素ガス(Cl
)と塩素イオン(Cl- )は別物である。元素の塩素は同じClであるが、その存在状態が異なる。消毒に用いるのは前者で、海水に高濃度に存在するのは塩素イオンである。塩素イオンは消毒力はなく、消毒に用いるのは塩素ガスのほうである。酸化力が強くて他の物質と反応するのは塩素ガスのほうである。ここらあたりの理解ができていない人は案外多い。NHKのプロデュサーから電話があり「なぜあんなに多く塩素が存在する海水を消毒に用いないのか」という電話をもらったことがある。淡水生物は海水中では塩素イオンの浸透圧の影響を受けるが、塩素イオンは殺菌力とは関係ないということを理解してもらうのに苦労した。塩素ガス、塩素イオン、浸透圧、をなかなか理解してもらえなかった。最終的に理解していただけたか今もって自信がない。このような経験はよくある。↑ページトップ
080131 水道の来し方行く末13 -膜処理(2)
 
膜処理はスケールメリットが働きにくいので、多量の水を処理するところでは採用されていない。わが国では5000トン/日が膜処理で処理するほうが高くなるターニングポイントである。外国では数万トン/日まで膜処理がコスト的に可能である。この差は電気代や処理の運転管理の事情による。
 分離膜は古くなれば交換する必要がある。モジュールユニットを取り替えればよい。どれぐらいの期間で交換すればいいかは各メーカーが仕様書に明記している。しかし、歴史が浅いのでその確証は得られていない。束ねた糸の中で破断する糸が出る確率についてもはっきりした値は無い。細菌やウイルスを確実に分離できる孔径の膜を用いても、安全な水道水の供給の立場からは消毒は欠かせない。細菌は出てこないはずの膜を用いた実験で、細菌が見つかることはよくある。この場合、通常の上水試験方法に基づく方法だけで検査してもだめである。細菌を数える方法には上水試験方法記載の方法のほかいろいろな方法がある。
 膜処理に限らないが、見落としがちなのは、除去された物質の行方である。クリプトスポリジウム対策の場合は、膜によって濾過されずに残ったクリプトスポリジウムはどうすればいいのか。膜は定期的に内側から圧力を掛けて膜に止まったものを洗い出す。もし原水中に病原体が含まれていれば洗浄した排出水のほうに溜まっていく。細菌類は排水の貯留系で時間とともに減衰していくことが期待できるものもあるが、クリプトスポリジウムのオーシストは数ヶ月生残する。多くの膜処理の実装置が敷設されてきたが、図面を見ただけではここらあたりが不明確のものが多い。クリプトスポリジウムが多数原水に混入することはそんなに多くない。だからたまたま何の苦労も無く運転されてきたが、越生町クラスの汚染があったときには、排水中のクリプトスポリジウムは相当の濃度になることが予想される。そのときのきめの細かい対策をあらかじめ立てておく必要がある。
 分離膜は下水道や浄化槽のような排水処理にも用いられている。下水や家庭排水は有機物を多く含む水であるから、微生物を使って有機物を分解する方法を取っている。その代表が活性汚泥法である。活性汚泥は微生物が、浄水における薬品凝集の場合のようにフロック化したものであるが、このフロックの沈降性が悪くて処理水とともに流出すると、処理水の水質が悪くなる。微生物は有機物であるしフロックは肉眼で見えるので、処理水の有機物濃度や透明度が悪くなる。今までの活性汚泥法は如何にして沈降性が良いフロックが出来るようにするかを目標に運転している。ただ、沈降しない活性汚泥のフロックも有機物分解能を持っていて、単なるゴミではない。だから、沈降分離でなく膜で遮断すれば、水は通過し、活性汚泥は処理槽内に留まり分解力を発揮してくれる。膜分離は篩い作用であるから分離効果も確実で、また膜で分離するだけだから沈殿池のような広い面積を必要としない。というような利点に目を付けてMF膜を用いた膜分離活性汚泥法が取り入れられつつある。別に活性汚泥法だけにこだわる必要もなく、沈殿池代わりに膜を用いればよいが、活性汚泥法が現在最も普及している。
いずれにしてもようやく水処理分野でも分離膜を多用する時代になってきた。沈殿・濾過に替わって膜分離が主役になる時代が来るかもしれない。各家庭で浄水器を設置するような感覚で、給水系統の出来るだけ末端で膜を設置し、塩素を添加せずに済ますことが出来るようになれば、嫌われる塩素臭の問題がなくなる。
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080125 水道の来し方行く末(12) 膜処理(1)
 
水道で濾過膜を用いて処理する所が増えてきた。クリプトスポリジウムという原虫を除去することが必要になってきたことが原因である。砂濾過とか炭濾過のように何かを詰めた層に水を通すのでなく、素焼きのような単一材質の不動層を通す方法は昔からあった。動物組織の膜を用いた例も古くはあったが、一番一般的なのは素焼きを用いたものである。
 戦時中は戦地で用いられていた。かの人体実験で悪名の高い石井部隊による石井式濾過器がその典型的例である。素焼きは厚みがあるから膜というイメージとは違うが、口径の大きい物質を篩作用で除くということは同じである。
 ウイルスは以前は濾過性病原体と言われていた。普通の細菌は濾過されないが、濾過される病原体があるという事がわかったからであるが、素焼きではその程度の大きさのものが除去されるということである。現在もクリプトスポリジウム対策用に、素焼きの現代版の一般にセラミック膜といわれている膜がある。相当改善されている無機質の膜であるが、今のものでも口径から見てウイルスは完全に除去できないから、濾過した水は消毒しなければ微生物的に安全にならない。
 浄水処理に一般的に用いられている膜には、細孔の口径の大きさから精密濾過膜(MF膜)、限外濾過膜(UF膜)、ナノ濾過膜(NF膜)、逆浸透膜(RO膜)がある。材質は、上述の無機膜のほか、有機膜としてポリスチレン、ポリエチレン、酢酸セルロース、ポリアクリロニトリル、ポリプロピレン、ポリ弗化ビニリデン、などがあり、NF膜にはポリアミド系の有機膜が一般的である。 詳細は専門書に譲るが、取り除ける物質の概略の大きさは、MF膜は0.01μm以上のものが取れるが一般に0.1〜0.3μm程度の分離粒径のものが用いられている。UF膜は0.01μm以下の孔径でありウイルスのほとんどを除くことが出来る。NF膜は更に孔径は小さく1nm前後の分子を除くことが出来る。RO膜はイオン性物質まで除去でき、海水の淡水化に用いられる。RO膜のわが国の技術は中近東アジアの乾燥地帯に相当進出している。
 海水の淡水化はわが国の得意の技術である。もともと海水から塩を取る技術から出発している。海水から塩分を除去すれば残りは真水である。塩を利用するか水を利用するかの違いである。膜の利用方法は、平面にした膜として使用するよりも(そういう方法もある)、中空糸といって、分離膜を中空の糸のように束ねたものをモジュール化し、糸の内部から水を圧で送り出すという方式が一般的である。
 濾過膜が水道に多用されるきっかけは1996年の埼玉県越生町の水道によるクリプトスポリジウム感染事件である。それ以前にも沖縄や水が不足しがちな離島などで海水の淡水化に、主としてRO膜が用いられてはいたが、微生物を除くという観点から膜を用いることになったのは越生町事件からである。それは、クリプトスポリジウム暫定対策指針で、浄水濁度を0.1度としたためである。 濁度0.1度としたのは外国の例からもその程度の低濁度ならオーシストは除かれているだろうと判断したためである。問題となるクリプトスポリジウムのオーシストは径4〜5μm程度の球状である。この程度の粒子を除くことが出来て,かつ濁度を0.1度以下に簡単に達成できるのは上述の分離膜である。
 原水がきれいなら膜処理という単一プロセスで処理でき、維持管理も容易である。そこで、地下水を水源とする多くの水道施設で膜処理が行われるようになった。需要の高まりが膜の材質を含めて、膜処理技術を一挙に高めることになった。
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080118 水道の来し方行く末(11) 活性炭吸着
 
高度処理の名のもとに「活性炭吸着」が広く行われるようになってきた。活性炭は吸着力が強いから、臭気物質を取り除くために使われるほか、オゾンの所で述べたようにオゾン処理後の残留有機物と塩素処理後の有機塩素化合物(トリハロメタンなど)などの微量物質を除去するのに,一般的な処理方法と言っていいくらいに広く使われるようになってきた。家庭用の浄水器でも塩素臭を嫌う消費者に応じるために使われている。
 活性炭とは椰子殻、木材、おがくず、石炭を炭化及び賦活化して、微細な多孔、毛細管構造を持つもので、吸着できる面積を1g中700〜1400m2ほどもっている黒い炭である。粉末炭(150μm以下)と粒状炭(150μm以上)があり、木質系のものは細孔のものが多く、石炭系のものは3μmから大きな細孔まで幅が広い。粒状活性炭は、流れる水に放り込んで水と混合させる方法で使用する。だから、臭気が発生した時のように、突発的な事態に対処するように使われることが多い。粒状活性炭は濾過層として敷き詰めて使うので,オゾン処理など常時行なっている定常流のところに使用されている。
 活性炭の表面は疎水性のため、一般に疎水性が強く分子量が大きな物質ほど吸着されやすい。ある程度吸着すると吸着された物質が新しい物質を吸着するのを邪魔するから、吸着力が劣化する。そのため再生する。再生法は加熱法、薬品法、電気化学的法、生物的再生法がある。生物再生とは、活性炭粒子に住み着いた微生物が、吸着された物質を基質(餌と思っていい)として利用するので、吸着物質が減少し、吸着余力ができることである。微生物の活動による分解量が流入する有機物の量に見合っていれば、定常的に有機物質を吸着除去でき、再生の必要がない。これが生物活性炭法といわれる方法である。活性炭を厚く敷き詰めて濾過と吸着を同時にやればと思われるが、活性炭の劣化が早くなり,活性炭は高価なためそのようなことは行われない。
 活性炭の利用は目新しいものではなく,工業用に脱色,脱臭,精製などいろいろの用途に用いられており,水処理にも必要に応じて用いられていた。小生も1960年前後に勤務していた浄水場で使用した経験がある。取水口数キロ上流にパルプ工場があり,SP廃液が原水に常時流れ込み,過マンガン酸カリウム消費量濃度を高くしていた。当時は有機物量の指標は過マンガン酸カリウム消費量であり,基準は10mg/Lであったが,通常の処理を上手く行なっても浄水水質の値はその前後であった。そこで粉末活性炭で基準値以下にしようとしたのである。当時はまだしかるべき装置が無かったので,ほとんどが手作業であった。活性炭の粉末はすごく細かく,パンツの中まで真っ黒くなったものである。何故こんなことをしなければならないのか,排水の法的規制が無いのに八つ当たりしたものだった。
 規制当時の思い出を,もう時効だから,もう一つ書くと,基準値をオーバーした値を報告書に書くと,いつも基準値以下に書き換えられた。書き換えるのは一番下っ端の分析担当者ではなく,報告書が上がっていくどこかの段階の人である。過マンガン酸カリウム消費量は単なる指標であって,特定の物質ではないし,原因もわかっているから,基準を上回ったからと言って健康被害が生じるわけではない。だからむきになって反論はしなかったが,何か無力感を感じたものである。一方で,滴定法による測定において,シュウ酸で脱色したところに過マンガン酸カリウムを滴下し,色の変わるところを読むのであるが,こころなしか,測定値が小さくなるように滴定量を少なくするような心情になるのも確かであった。でも分析を誤魔化すことは無かった。最近頻発している食品の偽装問題を笑えないような経験であった。今はどの水道もそのようなことをしていないと確信している。
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080113 水道の来し方行く末(10) 促進酸化法
 
促進酸化法と言う用語が使われるようになってきた。AOP処理システム(Advanced Oxidation Process)とも言う。これはオゾン、過酸化水素、紫外線照射などを複合的に用いて、ヒドロキシラジカルを生成させて酸化力を高めて、オゾンあるいは過酸化水素単独では酸化できなかった難分解性有機物(有機塩素化合物など)を二酸化炭素までに分解し、CODやTOCの値を下げることができる。オゾンを注入すると、水中に臭素イオンがあると臭素酸が生成される。臭素酸の毒性影響には、腹痛、中枢神経系の機能低下、呼吸困難、肺浮腫、腎機能低下、聴覚障害などがありほかに発ガン性もあるといわれる。ヒトが摂取すると消化管から速やかに吸収される。2004年に水道水の基準に取り入れられ、0.01mg/L以下と定められた。
 一方、臭気物質であるジェオスミンと2-メチルイソボルネオールも基準に加えられ(ともに0.01μg/L以下)、五感による臭味とは別に臭気物質を押さえ込まなくてはならない。臭気物質のためにオゾンを沢山入れると、水は美味しくなっても臭素酸が多く生成されてしまう。そこで、促進酸化法を用いると必要オゾン量の大幅な削減が可能になり、オゾン添加の目的を達成できるとともに副生成物である臭素酸の生成量も低く抑えることができる。このように臭素酸の毒性が問題になったのをきっかけとして促進酸化法、とくにオゾンを使用する方法に対する検討が盛んになってきた。
 臭素酸は消毒剤として次亜塩素酸ナトリウムを生成する時も不純物の臭素が酸化されて臭素酸が生成される。次亜塩素酸ナトリウムはボンベ詰めの高圧塩素を使うのを嫌うところで最近は水道に限らず下水道でもよく使われるようになってきた。塩素が危険物だからである。有害な酸化副生成物の発生を低くすること及び臭素酸生成されるような局面が増えてきたのに対応する一つの方法が促進酸化法である。紫外線はアデノウイルスを除いたウイルスに効くがオゾンはアデノウイルスに効果的であるので、両者を組み合わせて病原体に対して安全な水を作ることができる。有機物質対策としてオゾンを用いないで、紫外線と過酸化水素の組み合わせた促進酸化法もある。促進酸化法はまだ発展途上の方法であるが、オゾン使用の幅を広げる方法として今後採用を検討するところが増えるであろう。しかし、複数の異なるプロセスを用いるので、水質とコストと運転管理の複雑化などを比較して、目標水質が得られる最も簡単な方法を模索することになる。
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080109 水道の来し方行く末(9) オゾン処理

 
凝集→沈殿→濾過に加えるプロセスで高度処理といわれる一般的なものは、オゾン処理と活性炭吸着である。これらは高度処理の名の下に最近普及してきたが、新しい概念の処理プロセスではなく以前からあった。通常のプロセスに加えて、微量物質を除去するための工程だから高度処理と言っている。
 オゾンは酸化力と殺菌力が強い。すでに1930年に八幡市1931年には戸畑市(ともに現北九州市)で消毒目的に、2,3年後に中止されたが、使用が試みられた。しかし、消毒が塩素を用いることが義務づけられてからはオゾンを消毒目的に用いるところはない。1973年に尼崎市神崎浄水場で8.6万m3、1976年には千葉県営柏井浄水場で19.5万m3の水を異臭味対策としてオゾン処理を開始した。
 1960年代はわが国の高度成長期のツケが公害となって顕著に表れた時期である。公共用水域が汚染された影響で全国的にかび臭が発生した。琵琶湖では1969年頃から赤潮発生初期や大規模渇水の後などの数年間を除いてかび臭が発生した。1977年と1978年には淡水赤潮が大発生したが、この時はかび臭は発生しなかった。かび臭発生のため水道水が臭くなり、苦情が殺到するようになった。苦情という具体的な現れる臭気にはオゾンや活性炭で除去するようになったが、元々臭気のあるような水は美味しくない。美味しさは衛生と関係ないとの判断から水道界はそれほどおいしさ対策に本気でなかった。その間に水道水は不味いとの印象が次第に定着し、この虚を突いて浄水器とボトル水が普及していった。ボトル水を飲むことが一般的に定着して来たら、今更水道水は高度処理によって美味しくなったと言ってもなかなか元には戻らないというのが現段階である。
 オゾンは酸化力が強いので臭気物質だけでなく消毒副生成物前駆物質あるいは副生成物そのものを分解する能力がある。わが国の水道水は塩素消毒をすることが義務付けられている。1980年代に消毒のために添加した塩素が水中の有機物と反応して有機塩素化合物が生成され、それらの発がん性が問題視されるようになった。1981年に有機塩素化合物のうちトリハロメタンに関する基準が設定された。そこで、有機物を分解できるオゾン処理が注目されるようになってきた。オゾン処理をすることによって臭気物質も同時に分解される。1990年代前半から多くの水道事業体でオゾン処理が採用されるようになってきた。
 関西では199年に阪神水道で、1994年には大阪府水道がオゾン処理を取り上げ、今では淀川水系の多くの事業体で導入している。いろいろな処理パターンがあるがオゾン処理のあと残った分を活性炭で吸着させるという流れのところが多い。オゾン注入率2mg/Lで臭気物質の2-MIBを約75%、ジェオスミンを約85%分解できる。また、分解しにくい有機物がオゾンによって分解しやすくなり、同時にオゾン処理後の水は溶存酸素を十分含むので、オゾン処理の後に粒状活性炭を敷いた層に水を通すと、その層で増殖した微生物の作用で残った有機物がよく分解される。
 オゾンは上水道ではこのように有機物を分解するために注入するが、オゾンは病原体に対しても強い不活化力を持っている。そのため、オゾン処理をすれば同時に殺菌力が期待できるが、水道ではその点にはあまり注目していない。塩素で殺すことが難しいクリプトスポリジウムもオゾンでは比較的容易に不活化できる。下水道の処理水の再利用にはオゾンを消毒目的に添加する場合が多い。塩素では不活化しにくいウイルスが不活化できるし、酸化作用により脱色も期待できるからである。また、塩素消毒では残留した塩素が公共用水において魚などの生物を殺す可能性があるが、オゾンはすぐ自己分解して残留しないから、再利用しなくても処理水そのものを処理し排水する場合もある。なおオゾン処理の基本的なことは小生の「水の消毒」(日本環境整備教育センター)を参照されたし。
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071221  水道の来し方行く末(8)  生物処理
 緩速濾過→消毒→給配水から凝集→沈殿→急速濾過→給配水に処理工程が変わって来たが、これらのオーソドックスな処理工程に加えて生物処理、オゾン処理、活性炭処理、紫外線照射などを採用するところも出てきた。 生物処理という言葉は、生物で処理するあるいは生物を処理するというように両方の意味にとることができるが、前者は、小島貞夫先生が考案したハニカム(蜂の巣)形チューブに水を循環させてそこについている微生物によって水中の微量成分を分解除去するというのが基本形である。
 河川に水が流れるにしたがって水質が良くなる事に注目して、限られた敷地で微生物作用を期待するには、細いチューブを束ねた形のハニカムの中で水を循環させ、流れに相当する時間を与えれば良いと考えたもので、原水水質の調質に使われる場合がある。上記の急速濾過の流れのうちの凝集の前に持ってくるのである。プラスチックなど軽いものを微生物が固着する担体としてその単体の層に水を流したり、水と担体を一緒に曝気しながら流す方式もあるが、担体方式は下水処理において早く採用されている。
 これらの生物処理はプロセスの前段に設ける前処理として用いられる。小生は数十年前の国立公衆衛生院時代に、水道協会から生物処理の研究に参加してほしいとの相談があった。その時は、生物処理が必要な水を原水とするのは邪道であると断った。
 生物処理をするのは水中の有機物を分解するためであるから、それほどの有機物を含む水を水道水とするのはよくなく、その努力は水源保全に用いるべきというのが当時の小生の主張であった。しかし、この主張は理想過ぎると今は反省している。臭気物質を含んだ有機物質を含まない水ばかり求めたら、水道が成り立たないし、有機物を含む水を生物処理すると、有機物質が数十%減少し、その後のプロセスの負担が減少するからである。
 この有機物が減少することはなにも実験をしなくても予測できたことであるが、研究することによって設計や運転に必要な条件がわかる。生物を処理する主なプロセスは消毒である。このことは別記する。
 緩速濾過では水中にプランクトンが沢山存在すると(目安は1000個/mL)すぐ濾過池が詰まって濾過が困難になるから、調整池を設けて硫酸銅などでプランクトンの濃度を減少させる場合がある。水質が良くない水を原水とするような所で、沈殿池の底部にびっしりとユスリカの幼虫が繁殖することがある。幼虫が羽化すると成虫になり、近所から苦情が出るようになる。外国では幼虫が羽化して発生した大量のユスリカ成虫によって、近くを通る高速道路を走る車のフロントグラスに成虫がへばりついて視界が悪くなり、交通事故が発生したことがある。
 ユスリカの幼虫は通常使用する濃度の塩素では死滅しない。薬剤を使うのは好ましくないから底泥を除去するほかない。カワヒバリ貝が管内に繁殖して管径を狭くしたり流れへの抵抗を高めることが外国では知られている。この外来種である貝はわが国においても琵琶湖・淀川水系、揖斐川、長良川、木曽川などでも見つかっている。当初わが国でこの貝が見つかった時にはわが国でも被害が出ることが懸念されたが、今のところ水道としての実害は出ていない。阪神水道では沈砂池からトラックで運ぶくらいの殻の除去を行っている。
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071219 水道の来し方行く末(7) 急速濾過
 
濾過というと篩作用で夾雑物を取り除くことを想像するが、薬品を用いて凝集沈殿した水をろ過する場合はそうではない。濾過池に敷かれた濾過砂の上にフロックが沈殿するような形でフロックが堆積して水から分離する。すなわち、篩いで濾すというよりも無数にある沈殿の場でフロックとそれに包まれた夾雑物が除かれていく。急速濾過では緩速濾過のような濾過膜の発達はないから、その削り取り作業はない。その代り、濾過層が詰まってくれば濾過砂を洗う。濾過層の下から水を噴出させる、いわゆる逆洗浄を主体に、表面から水や空気を吹きかける表面洗浄を併用する場合もある。洗浄するところが浄水場の中で水の動きが一番ダイナミックに見える場面なので、見学者に見せる場合が多い。
 水道水の水質基準では、濁度は2度(2mg/L)であるが、この濁度では素人が肉眼では濁っているとは全く判別できない。ということは濾過水はこの程度以下の濁度になっているのである。さらに1996年に埼玉県越生町のクリプトスポリジウム事件が起きてからはクリプトスポリジウムに関して濁度0.1度という暫定基準が出た。暫定が除かれた新しい基準でもその精神は生きている。
 小生は暫定基準ができるまで対策検討会の座長を務め、数字を決める手伝いをした。当時、濁度を0.1度にするのに不安がった。濾過にその程度の能力があるかということとそこまでの濁度を測る技術があるかということが心配であった。濁度でなくて粒子数という事も考えられ実験調査もしたが測定方法によってバラツキがあり統一的に基準化するのには無理があって止めた。現場をよく知っている当時の大阪市水道局の梶野勝司氏が大丈夫と入ってくれたことが背中を押してくれた。
 クリプトスポリジウム対策をするようになって、多くの浄水場の濾過水濁度が0.1度になり、濁度を下げることは同時に水中のいろいろの物質を除くことに繋がるから、わが国の水道水水質は一段と良くなった。ほぼ同じ頃に、有機塩素化合物対策が進み、オゾン処理や活性炭処理の高度処理を行うところも増えたこともそれを後押ししている。クリプトスポリジウム基準以前も既にそうであったが、水道水が一段と良くなった現在では、水を飲むためにペットボトルを購入するのはカネを捨てるに等しいと言っていい。
 濾過砂の洗浄が終わって濾過を再開する時、濾過初期に濾過層に溜っていた粒子が流出することになるが、その場合に逆洗水に凝集剤を添加すれば微粒子の漏出を減少させることができ、ということはクリプトスポリジウムの漏出の可能性を低くすることができる。また、水温が低下すると凝集・沈殿効率が低下し、濾過工程を含めて処理機能が低下するが、未濾過水(濾過する前の水)に凝集を添加することによってそれに対応できる。これらは凝集剤を添加するというコストがかかる方法であるから、処理すべき水の水質に応じて考える必要がある。
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071214
水道の来し方行く末(6)薬品注入と攪拌
 
急速濾過には薬品注入が必須である。注入してから凝集池で薬品のフロックを形成させるのであるが、薬品を注入してから水によく混ぜるために攪拌する必要がある。混ぜるのにプロペラ式の攪拌羽根で混ぜる場合が多い。この攪拌羽根はモーターで回す。伊勢湾台風の時(既述)は停電でこの羽根が止まってフロックができなくなり、水が濁ってしまった。
 阪神水道の場合は堰による上下流式のもので電気を必要としないものであった。だから伊勢湾台風時に電気がストップした時には阪神水道の方式が懐かしく思った。見栄えは攪拌羽根方式のほうがスマートであり、攪拌をコントロールできるが、非常の場合は見栄えの悪い堰方式がいい。発展途上国などあまりエネルギーを使わない方がいいところでも、どうしてか電気を使う攪拌方式が多い。電気を使わなくても攪拌できるのに。
 凝集池においてできたフロックは沈殿池で沈殿させ、その後に残ったものを濾過池で濾して清澄な水にする。沈殿池を設けずにそのまま濾過池に持っていく方式もある。また、強制凝集沈殿池といって、凝集と沈殿を立体的に配置した一つの層で行わせる方法もある。小生が就職して2年目にこの方式の実験装置の運転をやらされた。生物出身の自分がどうしてという疑問はあまり持たずに、なんでもやってやれという気持ちで強制凝集沈殿の理屈を勉強してやってみたが、システム全体の反応が敏感すぎて、原水水質の変動の多い水道では厄介な装置という印象を受けた。わが国はじめ外国でもそのような装置は運転されているが、やはり凝集・沈殿・濾過と横流れ式にやる方がやり易いようである。
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071213 
水道の来し方行く末 (5) 急速濾過システムへ 
 
小生が就職するころ(昭和30年代初頭)はちょうど緩速濾過から急速濾過に移行する時代であった。大阪市の柴島浄水場にはまだ緩速濾過池があり、東洋一を誇る敷地の大きさの浄水場であったが、小生の就職した阪神水道企業団(当時は阪神水道市町村組合といっていた)は急速濾過地だけであった。
 阪神水道企業団は地方自治法上の一部事務組合であり公共団体であり、議会もある。一部事務組合は一般にはあまり知られていない。市町村が特定事務を持ち寄って共同で特定の事務を行う団体を作るものである。全国的に水道が多いが、消防などにもみられる。急速濾過は、硫酸アルミニウムなどの薬品で水中の懸濁物質を丸めてから、それを沈殿させ、さらに砂で濾過するものである。薬品注入が必須であるが、濾過速度を1日当たり100メートル以上の速い速度で濾過できる。数百メートルの高速濾過も可能である。そのため、緩速濾過池より面積を相当狭くできるし、自動制御あるいはそれに近い運転ができるので、作業員の数を減らすことができる。
 緩速濾過から急速濾過に変わってきたのは、敷地面積と人件費が大きな原因であるが、一時の淀川のように原水の水質が悪くなると濾過層中が嫌気性になり酸素が無い水になってしまう。濾過膜中では微生物反応が起き、水中の有機物を酸化したり、アンモニアがあると硝化反応で酸素が使われるからである。水に酸素が含まれていないというのは異常であり、また水が嫌気性になると鉄やマンガンが溶出するようになり、それらが酸素に出会う赤い水や黒い水の原因になる。
 大阪市が緩速濾過から急速濾過に転換したのは、原水汚染が大きな原因である。急速濾過のほうが良い水質の水ができるわけではないのに、全国的に急速濾過方式に動いたのには、緩速濾過の生物によるあなた任せな運転ではなく、急速濾過方式がいかにも制御しているといった近代的なスマートさと技術的に進んだ方式と映ったのではないかと思う。
 とにかく一斉に凝集・沈殿・急速濾過の方向に向かい始めた。技術者もいない,かつ敷地が十分余っているようなところでも新設する場合は急速濾過方式を取り入れるようになった。イギリスをはじめ西欧文化圏のところでは緩速濾過池が結構残っている
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071210 水道の来し方行く末(4) 緩速濾過池の導入
 
明治維新に採用された水道の技術のうち、水処理技術としては濾過の採用である。緩速濾過である。水を濾過して浄化することは誰でも思いつくことで、昔から砂や炭を使って水を濾過することは行われていた。それを施設化しただけである。砂の種類、砂の大きさとその粒度構成,砂層の厚さ、砂層の下の集水装置、濾過する速度など英国の技術と経験が導入された。
 濾過する速度が高さにして1日数メートルであるから、多量の水を濾過するには広い面積が必要である。だから緩速濾過池がある浄水場は広々とした水を湛えた池があり、和む光景を醸し出す。しかし広い面積と、管理に人手を要するのが欠点である。わが国は面積が広くないとよく言われる。小生自身はそれほどではないと思っているが、必ずいろいろな場面で面積のことが話題になる。都市とその近郊は地価は高いから、面積効率を考える必要なことはわかるが、浄水場の公園的景観は捨て難い。しかし広い面積があとで述べる急速濾過に切り替わる大きな要因となった。
 現在高層ビルが立ち並ぶ西新宿は淀橋浄水場の跡である。新宿のような地価の高い一等地に広く水を湛えている浄水場がある必要があるのか問題となり、面積効率のいい急速濾過池の浄水場を東村山に作って引越し、その跡にビル群ができているのである。緩速濾過池浄水場がいかに広い面積を必要とするかわかっていただけると思う。いま、電化製品の大手販売会社のヨドバシカメラのヨドバシはあの地の淀橋のことである。
 小生も淀橋浄水場で実習を行った経験がある。そこで、緩速濾過池の濾過膜の削り取り作業もやらせてもらった。濾過を継続していると水中の濁質、夾雑物が濾過膜の上に溜まって濾過抵抗が上がり、次第に濾過しにくくなってくる。そうなったら水の流入を止めて水を排除して、濾過膜の夾雑物が溜まった上部の数ミリを削り取るのである。この削り取りは熟練を要する作業である。実際にやってみたがなかなか思うに任せなかった。機械もあるが人による作業にはかなわないようである。削り取ったものは洗う。残った砂は補砂の一部にする。削り取っているうちに砂層が薄くなるので、適時補砂をする。これら作業のため人手が要る。そのため人件費と人事管理の点が今の時代に合わなくなってきた。もう一つの欠点は富栄養化などにより植物プランクトンが多い原水は、濾過池の詰まりが早くなることである。一方で、緩速濾過池は微生物作用を期待できるので、一般にその作用がない急速濾過池より水の仕上がりがいいと言われている。たとえば緩速濾過池と急速濾過池を有する浄水場で同じ水をろ過して、急速濾過池で臭い水が出てくる場合でも、緩速濾過池では臭い成分が分解、吸着されて臭わない。緩速濾過池は人にやさしい装置であると言える。
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071205 水道の来し方行く末(3) (Mills-Reinckeの現象)
 
何かをやる時には考えなくてはならぬ。考えるには前もって知らなければならないことが沢山ある。その中に先人が辿って来た道がある。最近はそれを怠る傾向がある。
 論文でも文献調査が足りないものが多い。自分の思考過程や実験方法を自分の文献を載せて手間を省くのは許されるが、単に自分の業績を誇示するために自分の文献を載せるのは目障りである。そのような論文も多い。
 衛生工学の大御所である廣瀬孝六郎先生(東京大学名誉教授)の講義を聴いたことがあるが、水道をやる者はMills-Reinckeの現象を知らなければならないと言われたことをよく覚えている。しかし今は東大でも教えてないらしい。
 公衆衛生を専門とする者、いや環境問題も人の生命にかかわるから、環境に興味のある人は「疫学」という言葉を知っておく必要がある。疫学とは、地域や集団内で、疾患や健康に関する事象の発生の原因やそれに纏わる現象の因果関係を明らかにする学問で、統計学を主要な手段とする。犯罪において状況証拠を固めて犯人を突き止めるやり方に似ている。疫学の創始者はイギリスのJohn Snowである。彼はまだコレラの原因菌がわからない時に、ロンドンのコレラ流行を阻止するために、流行のパターンを詳細に調査し、水が患者が排泄する病毒を媒介することを突き止めた。彼の意見を採用して水道を止めたら流行は終息に向かった。1854年のことである。
 それから40年過ぎた1893年、米国のMillsとドイツのReinchkeが別々に、水を浄化(当時は砂濾過)して供給すれば、その地域の水系感染症のみならず一般の死亡率も減少することを認めた。そこでこの現象をMills-Reinckeの現象と言うようになった。John-Snowは供給する水をストップする効果を認めたものであるが、都市には多量の水を供給することが欠かせない。必要な水を供給しながら安全性を維持する方策を認めたということから、水道に対してMills-Reincke 現象の認識は重要なステップを与えたものである。
 明治維新には西洋文明とともにコレラなどの感染症も上陸し、明治20年までに20万人以上が死亡した。その対策としてMills-Reinckeの現象が採用された。前述のようにパーマーが主任技術者であったが、この現象がバックボーンとなったのである。この現象については広瀬孝六郎著(1956):上水道学訂正第3版(養賢堂)、桑原児(1964):衛生工学入門−水質衛生−(績文堂)に詳しく記述されている。良い本であるが絶版である。↑ページトップ

071126 水道の来し方行く末 (2)近代水道
 近代水道は横浜から始まったが、前述のように既に水道の発想はあったし、あちこちにその原型は存在していた。それがなかったら江戸のような大都市は存在できなかった。なぜなら人間は生命維持や雑用に水が必要だからである。それならなぜ近代水道というのであろうか。全くの素人にはそれまで水道がなかったという印象を受ける。
 例えば、鉄道に関して言えば、確かに線路を敷いてその上を蒸気機関車が走るということは、明治になって外国技術によりはじめて出来た。それまでは人力や馬が移動手段であったから、無いものが出来たのである。だから明治初頭に初めて鉄道が出来たというのは正しい。電話もそうである。
 一方で新聞は、明治3年(1870)活字活版の新聞ができたのが日刊新聞の発祥とされているが、万延元年(1864)には手書の「新聞誌」が創刊、販売されている。それ以前には瓦版という文字による情報公表手段があったが、どちらかといえばビラに近い。新聞の発祥という時は今われわれが手にしている形態のもの、すなわち活字印刷、不特定多数を対象、定期配布のものという定義のものが出来たということであろう。
 水道についての近代水道という定義は何であろうか。水を配るという形態は昔からあったが、現在見る形態のものは確かに120年前に横浜に出来たものが最初である。具体的には、有圧送水、ろ過浄水、常時給水である。技術的には、鋳鉄管、砂濾過、ポンプの導入である。
 わが国は逆サイホンの理を用いたり、勾配を適当にコントロールするなど優れた技術を駆逐していたが、西洋からの新しい技術の導入がわが国の水道を一変することになった。濾過の考えは誰でも思い付くことで昔からあったが、大量の水を送水し濾過するという事はなかった。単なる水の利用でなく、濾過によって水をきれいにする、すなわち衛生的に浄化する技術の導入である。鋳鉄管は加圧に耐えて水を配るきめ細かいシステムを作り上げるのに役立つ。ポンプによる加圧も水を配るのに役立つが、消火用水という市民の財産を守るシステムの構築に欠かせないものである
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071120 水道の来し方行く末 (1)
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1月2日に関西水道水質協議会の第56回水道衛生技術研究会で「水道の来し方行く末」という題で講演を行った。記述的原稿を提出しなかったので、聞き逃した方もいるかもしれないという前提で、このコラムでしばらく講演の内容をトレースしながら話を進める。今日的話題についてもこれまでのように途中に差し込んで触れていきたい。
 「来し方行く末」は「こしかたゆくすえ」と読み、今まで来た道を辿り、これから先のことを思うという用語であるが、これが読める人が少なくなったことでまず時代の変化を感じた。先日の福田―小沢会談を報じたテレビで、女子アナが福田首相の言った「あうん(阿吽)の呼吸」と書いてあったテロップの「あうん」がわからなったらしく「あ・うん」と切り離して言っていた。
 大学にも「背水の陣」がわからない学生は大勢いる。確実に時は変化している。だから過去のことを振り変えることはあまり将来に対して役立たないと思う人が多いかもしれない。小生自身、若い頃はそのような思考に捉われていた。しかし過去があって未来がある、すなわち現在は連続的変化の一時点であり、未来はその続きの彼方にあるので、過去を精査する必要がある。最近は過去の出来事も知らない若者もいる。たとえば第二次世界大戦を知らない者がいる。このように大きな歴史的事件や人名を知らないので、専門分野ではなおさらである。
 我が国の近代水道は1885年着手1887年に完成した横浜水道から始まった。いろいろな検討を行った後、県知事が英国人技師H.S.パーマーを顧問として始めたもので、その時は水道はまだ横浜市のものでなかった。1890年(明治23年)水道条例制定に伴い横浜市が運営するようになった。それまでわが国には水道はなかったのであろうか。人間は水がなければ生きていけない。当然、人が集まるところでは水を何処かから持ってくることを考える。
 東京が江戸と言っていた時は世界で一番人口が多い都市であった。家康が関東に移封されてすぐ、町の水道水供給のために井の頭池などを水源とする神田上水が作られた。まだ人口が十数万人の頃である。そのころ、長さの順番で神田上水(1950)、近江八幡水道(1607)、赤穂水道(1616)、中津水道(1621)、福山水道(1619)が作られた。赤穂水道にいたっては各戸給水を行っている。システムの機能としては現在と変わらない。
 一方、大量の水を輸送する目的の用水事業として玉川上水(1653)、辰巳用水(1632)、箱根用水(1670)が作られた。玉川上水は神田上水では不足する需要を満たすものである。辰巳用水は雄藩加賀百万石の居城である金沢城に水を送るものを主目的とし、町にも配っていた。逆サイホン(伏越の理)で水を送っていたのを特徴とする。
 箱根用水は芦ノ湖(神奈川県)の水を今の裾野市(静岡県)などに隧道で灌漑用水として送るものである。この用水には二つの話題がある。一つは測量器具もない時代に左右両側から隧道の掘削を行って狂いなく繋ぐことができたことである。今でも近代器具を使っても同様な作業は緊張すると聞く。300年以上前におけるわが国の土木技術優秀さを示すものである。もう一つは今でも湖の存在する神奈川県には芦ノ湖の水を使う権利がなく静岡県側にあることである。
 河川法上の慣行水利権によって水の利用が認められているからである。神奈川県は自然水域として芦ノ湖の水質調査や保全に心掛けているが、その水を利用できないという悔しさがある。滋賀県が琵琶湖を守ってもその水が利用できなかったら滋賀県民はどう思うか。神奈川県が芦ノ湖を中心に人が住み着き活動が行われているわけではないのであまり問題化しないだけのことである。小生が神奈川県水質審議会委員であった頃、冗談半分に、湖畔に井戸を掘って水を汲み上げれば湖水の直接の利用でないから水利権を侵したことにはならないのではないかなどという話が出たことがある
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071025 水道民営化と安全性、どちらをとる?
 現在の水道の課題の一つが民営化である。小生は公営論者である。なぜなら水道は、たとえペットボトルが普及したとはいえ、人が飲む水を配るシステムである。安全第一である。製造企業に勤めている友人に聞けば皆「表立っては言えないが、経費削減で一番最初に手を入れるのは安全性である」と言う。
 検査に人的、物的、時間的にカネをかけても直接的利益にはならないからであるという。もっともであり、理解できる。その結果事故が起きるかもしれない。最近は飛行機事故がよく起こる。福知山線脱線事故では多くの死者が出た。食品会社では古い製品を使用しようとする事件が時々起きている。すべてリスク管理の欠陥である。直接・間接の安全性へのしわ寄せの結果である。民営化すればコスト優先であるからどうしても安全性にしわ寄せがいく。その具体例はそれぞれの専門文献を読んでもらいたい。
 イギリスでは水道を民営化する場合のその欠点を補うために監督官庁の権限を強くした。監督官庁の力では安全性の強化はそれほど強くならない。それに、欧米の民営化には水道の世界制覇の思惑が働く。そこでも安全性は二の次になっている。そのことはテレビなどに報じられる例のごとくである。
 小生は現場で働く人の意識に重点を置きたい。民営化すると、現場で働く人が「我々は住民の命を守っているのだ」という意識が公営の場合より薄くなる。これは数字では表しにくいが確かである。そこで自分が働いてみればいい。現場で働いたことのない人が理屈で頭の中で論じてもそこのところはわからない。「全体の奉仕者」という考えの基で公共団体に入り、プライドを持つ人が多いのである。このプライドが安全性に直結しているのである。この点が民営化議論の時に論じられないのが不思議である。やはり金額に換算できないものが無視される最近の傾向の現われかも知れない。
 このコラムの「高度な技術の伝承」のところで触れたが、水道水を一時でも濁らせないという気概は民営では湧いてこないのではないか。なぜかというと、その気概では何も儲からないからである。たとえば管の敷設替えをした時、そんな時でも濁らせないという気力でやるか、「敷設替えの時は濁ります」として濁ることを消費者に常識として植え付けてしまうかである。 後者の場合は濁らせない技術を持った技術者を育てる必要がないので研修費や敷設替え時の人件費を節約できる。民間なら、濁った時のリスクがわからないから、評価しにくい安全性を取るより安いほうを選択するだろう。経済効率を重視すると金に換算できないものは無視されるが、今挙げた例のような場合は案外と多いのである。皆さんならどちらを取る?
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