「環境技術」2015年2月号 記事情報

掲載年 2015
巻(Vol.) 44
号(No.) 2
65 - 66
記事種類 特集
記事タイトル 特集のねらい(越境大気汚染の過去、現在、今後)
著 者 市川陽一
第1著者ヨミ ICHIKAWA
第1著者所属 龍谷大学
要 旨
特集タイトル 越境大気汚染の過去、現在、今後
特集のねらい まず,特集を企画するに至った背景について記す. 一昨年末,その年の仕事を概ね終え一息ついていると,本会大会実行委員の浅野昌弘先生(龍谷大学)から声をかけられた.次の年次大会(2014年9月5日開催)で「越境大気汚染」をテーマに2時間の枠で特別講演会を企画して欲しいとの依頼である.2013年1月の中国の大気汚染騒動以来,越境大気汚染や微小粒子状物質PM2.5の講演会は目白押しで,本学会会員の中にも食傷気味とまではいかなくても,またかと思う方は少なくない.学会事務局からも他の講演会と差別化をはかって下さいとプレッシャーをかけられた.本学会の関係者で大気分野に携わっている方は相対的に少ないので,あまり専門に偏り過ぎるのはよくない.通り一遍の話は何度か聞いた.こうした中で,最近のトピックスや研究成果の紹介に留まらず,今に始まったわけではない越境大気汚染を過去に遡って総括し,将来を俯瞰できれば面白いと考えた.そこで,お願いする講演名を「東アジアの越境大気汚染30年間の顛末と今後」とした. 講師は30年間の歴史を自ら歩み,大気科学に精通し,最近『酸性雨から越境大気汚染へ』(2012年),『越境大気汚染の物理と化学』(2014年.ともに成山堂書店)を上梓された(一財)電力中央研究所名誉研究アドバイザー・東京理科大学客員教授の藤田愼一先生をおいて他に考えられない.越境大気汚染の問題は排出された汚染物質が直接影響を与える,いわゆる公害型の大気汚染ではなく,広域輸送される間に生じる二次生成物質の関与が大きい.藤田先生は,二次生成物質の問題をライフワークとし,酸性雨研究の第一人者で当該分野の功績で日経地球環境技術賞や複数の学会の論文賞を受賞されている. ここで30年間について触れておきたい.昨今の中国の大気汚染騒動ではPM2.5が主役である.しかし,中国からわが国への越境大気汚染の問題はPM2.5が初めてではない.2007年5月には中国で排出された汚染物質が原因で,福岡県で高濃度オキシダントが観測され運動会が中止になり,新聞,ニュースで取り上げられた.また,1990年代には越境汚染による東アジアの酸性雨問題が国際化した.私はこのあたりのエピソードをまとめて少し足りないが30年とした.今回,藤田先生の講演を拝聴して越境大気汚染の嚆矢とも思われるできごとを認識した.それは,藤田先生が1984年に実施した瀬戸内地域での酸性雨の実態調査である.本調査の結果によると,従来は発生源周辺の汚染と見なされていたことがもっと広域の現象であったというのである.これでぴたりと30年になった. 講演会の進め方であるが,前半は藤田先生の基調講演とした.後半は散漫になりがちなパネルディスカッションを避け,対談方式を採った.対談の相手は,ホスト役として本学会員がよいので,会員の中から酸性雨やPM2.5の話題に詳しい(公財)ひょうご環境創造協会兵庫県環境研究センターの平木隆年・大気環境科長にお願いした.平木先生は地方環境研究所の越境大気汚染研究を長年にわたってリードされている.奇しくも藤田先生と同年齢であった. 対談の司会は私が務めることになり,8月の初めに3人で進め方を話し合った.舞台裏を明かすことになるが,講演会の内容が整理できるので,準備した対談のシナリオを以下に記す.@藤田先生の講演内容「1970年代に湿性大気汚染(いわゆる酸性雨)の問題は地域住民の関心が高く,自治体の研究機関にとって格好のテーマだった」を受けて,平木先生に自治体の酸性雨や越境大気汚染の取り組みについて紹介して頂く.A1980年代になって,国内の公害問題から広域の環境問題へと認識が改まり,越境大気汚染の影響がありそうだと考える人がでてきた.これが後々,東アジア酸性雨モニタリングネットワークEANET につながっていく背景を話して頂く.B越境大気汚染というと発生源の国はどこか,どれだけ輸送されてくるかという話になる.モニタリングに加えて,長距離輸送モデルが登場し,1990年代になって越境大気汚染の寄与が数値で表現されるようになったときの反応について振り返って頂く.C越境大気汚染の原因はというと「中国」となるが,昨今のPM2.5騒動についての感想を伺う.中国の大気汚染の現状,対策については,会場から竃x場製作所の李虎先生に情報提供をして頂く.D将来を担う若手の代表として,大阪大学の嶋寺光先生に研究推進や越境大気汚染解決に向けての抱負を述べて頂く.これに応えて,藤田,平木両先生から将来に向けて,越境大気汚染に携わる若い方へ言葉を贈って頂き,対談を締める. こうして特別講演会の準備を進める中で,編集委員会から学会誌の特集記事にしたいので企画するようにという話が届いた.藤田先生の講演を核にした特集であるので,従来のように並列の研究,動向紹介という形は馴染まない.そこで,藤田先生の基調講演を受けて,当該分野に長年にわたり取り組まれている方,現在,中堅として活躍されている方,将来を担う若手の方から,自身の調査,研究,業務のトピックスを交えて,コラム・エッセイ風に越境大気汚染の過去,現在,今後について日頃考えておられることを紹介して頂くことにした. 執筆をお願いした方は,平木隆年先生,大阪府立大学・坂東博先生,(一財)電力中央研究所・速水洋先生,李虎先生,明星大学・櫻井達也先生,嶋寺光先生の計6名である.年齢は30歳〜60歳台半ばの各層となっている.6名の方は全員特別講演会に参加した.執筆者はエッセイ風という依頼に戸惑われた感じがするが,結果的にはそれぞれのプロジェクトXを熱く語って下さった. 藤田先生の基調講演録の中では,中国について「かの国は傲岸だが無知ではない」という巧みな言葉使いに感心した.現状の中国の勢いを考えると無知でないが故に心配されることもあるが,越境大気汚染の緩和・解消につながることを祈る.平木先生は酸性雨からPM2.5の自動測定器への展開,坂東先生は沖縄県辺戸岬における総反応性窒素化合物NOy の観測について,次世代に伝えたいエピソードを紹介された.速水先生には長距離輸送モデルで一世を風靡したSTEM-II のカーマイケル教授,RADM のチャン教授との交流についても触れて頂いた.李先生,櫻井先生はともに酸性雨研究センター(現在のアジア大気汚染研究センター)に所属した経験を持つ.李先生には1970年代から現在に至る中国の大気汚染問題,櫻井先生にはEANET に関する話題を執筆して頂いた.嶋寺先生は若手ではあるが特に長距離輸送モデルを用いた研究業績が豊富である.モデルの研究や普及について抱負を述べて頂いた.( 注:プロジェクト名などの英語のフルスペルや日本語訳は様々な表記が使われているため,本特集では各執筆者の原文を尊重した.) 最後に私が今後,越境大気汚染とどのように係っていくかを記したい.私は6年前に龍谷大学理工学部に着任し,滋賀県大津市の瀬田丘陵を研究・教育の活動の場とした.着任したときにPM2.5の自動計測器を1台買って頂き,大学構内で観測を続けている.滋賀県というと琵琶湖となり,水環境に関心を示す人は多いが,特に県外の人で滋賀県の大気環境のことを考える人はほとんどいない.ところが,滋賀県という場所は越境大気汚染を考える上で非常に面白いことに気付いた.黄砂の影響を除いてPM2.5の環境基準の達成状況を見ると,滋賀県の西側で非達成,東側で達成という境の地にあたる.私たちがとったデータでは2011年度は非達成だったが,12,13年度は達成であった.硫酸アンモニウムが主成分という常識的なデータや,桜島噴煙の影響が観測されたという面白いデータも得られた.幸いなことに共同研究者の三原幸恵が熱心にPM2.5の調査・研究に取り組んでくれたので,滋賀県南部の丘陵地帯の実態がかなり明らかになった.これからも滋賀県という越境大気汚染「境の地」に対象を絞ってPM2.5などの大気質の情報を発信していきたい.若手,中堅の方には,大都市圏やアジア規模で二次生成物質や越境大気汚染の実態把握や解析をし,国際的に活躍して頂きたい.私は愛着を覚え始めた地元,滋賀県の大気質を相手に残り何年かの教育・研究期間を全うする.