「環境技術」2016年5月号 記事情報

掲載年 2016
巻(Vol.) 45
号(No.) 5
225 - 226
記事種類 特集
記事タイトル 特集のねらい(新たなバイオマス利用開発の現状と将来)
著 者 河田悦和
第1著者ヨミ KAWATA
第1著者所属 国立研究開発法人産業技術総合研究所
要 旨
特集タイトル 新たなバイオマス利用開発の現状と将来
特集のねらい  1972年のローマクラブ研究報告『成長の限界』には,石油等の資源の枯渇,人口増加(当時38億人,現在では72億人超),環境破壊が続けば,諸環境の悪化によって100年以内に人類の成長は限界に達すると警鐘を鳴らしており,破局を回避するために,地球が無限であるということを前提とした経済のあり方を見直し,あらたに世界的な均衡を目指す必要があると論じている.さらに,その続編『限界を超えて―生きるための選択』(1992年)では,資源採取や環境汚染の行き過ぎにより,21世紀前半に人類の破局が訪れる可能性が示された.その後,実際に1970年代に起こった第一次,第二次石油ショックにより,石油に依存した社会の脆弱性が露見した.
そこで,1970年代から脱石油型社会な構築を目指し,旧通商産業省の新エネルギー創出を目指したサンシャイン計画,省エネルギーを目指したムーンライト計画,さらにそれらを統合したニューサンシャイン計画が立案され,着実な成果を得た.これらの脱石油,減石油依存の社会を目指した時代の要請から,バイオマスを使ったエネルギー生産や化成品の製造の研究が流行となった.しかしながら,その後,石油価格が,数年から数十年単位で安定化,時により低下する経過をたどると,経済性の観点から,脱石油を目指した研究開発の動きは鈍くなってきた.
ローマクラブの指摘から40年以上を経過した現在においては,本来は脱化石燃料型の社会が確立されているはずであったが,実際には,化石燃料依存からの脱却ははかられず,化石燃料の効率的開発,非在来型化石燃料・シェールオイル,シェールガスの開発がなされ,一時は輸入国となっていたアメリカが,現在では世界最大の石油産出国になり,石油の輸出を再開しようとしているのは皮肉なことである.この非在来型の産油国と対抗する在来型の産油国により原油の増産がなされ,世界的な経済停滞も伴って,一時は1バレルあたり100ドルを超えた原油価格が,2016年初頭では30ドル以下に下落し,開発コストが高い非在来型化石燃料の開発は滞っている.
一方で,産油国の経済も石油に依存しているため,長期に原油を低価格に維持する施策の継続は難しく,早晩原油価格の上昇することは否めない.それゆえ,将来数十年の長い期間にわたって,非在来型石油資源国と在来型石油資源国間の経済を巡る思惑の拮抗から,ある程度の価格範囲での石油価格の変動が継続するものと思われる.いずれにしても,21世紀中ごろまでは,石油依存型社会からの脱却は難しく思われ,1970年代に求められた理想・脱化石燃料型の社会構築とは異なり,石油に依存した社会体制を維持した状況に変化はないものと思われる.一方で,環境問題の観点からは,人間の活動によるCO2等温暖化ガス濃度の上昇による地球平均気温の上昇が明確になってきたことから,2015年12月にパリで第21回締約国会議(COP21)が開催,合意され,全体目標として「世界の平均気温上昇を2度未満に抑える(1.5度に抑えることが,リスク削減に大きく貢献する)」に向けて,世界全体で今世紀後半には,人間活動による温室効果ガス排出量を実質的にゼロにしていく方向が打ち出された.そのために,全ての国が,排出量削減目標を作り,提出すること,国内で対策を行うことがそれぞれ義務付けがなされた.目標の形式については,国情を考慮した「5年ごとの目標見直し」により,全ての国が徐々に世界全体を対象とした目標に移行していく仕組み,支援を必要とする国へ,先進国だけでなく途上国も自主的に資金を提供していく仕組み,気候変動(温暖化)の影響により損失や被害を受ける国を支援する仕組みが盛り込まれるなど,総論的には実質的な排出量ゼロへ向けた世界規模の対策を,継続的に,強化し続ける方向が明確化された.
日本においては,東日本大震災による福島原発事故を経て,今後,原発に完全に依存したエネルギー政策,温暖化対策の継続は表面上難しく,安全基準を満たした一部の原発の稼働を想定する減原発の状況下で,経済性と温暖化対策のバランスを取るエネルギー政策の妥協点の模索が続いている.斯様な社会背景における技術開発は,社会体制の変更を伴う大義のシステムイノベーションを目指すよりも,プロダクトイノベーション(製品革新)や,プロセスイノベーション(工程革新・製法革新)により,小さな進歩ではあるが,個々の現在技術が改良され,それらが協奏して,推進,評価される状況となっている.例えば,自動車の分野ではプリウスを嚆矢とするハイブリッド車は普及しているものの,今後,プラグインハイブリッド車,さらに電気自動車,燃料電池車などインフラ投資を必要とする車が普及するかは未知数である.一方,家庭エネルギーでは,創エネルギーである太陽電池などの自然エネルギーの利用に加え,エネルギー利用の効率化を目指したガス発電給湯システムECOWILL や,ガス家庭用燃料電池システムENEFARM などの効率的エネルギー利用も想定される.いずれにしても,どこまでの社会的な負担,個人の負担が可能であるか,またそれに伴った経済性が担保されるのかが問題であり,政策支援がその鍵を握るであろう.
このような背景の中で,日本のバイオマス利用技術については,より高付加価値のエネルギー,化成品としての利用が求められ,今は,将来の事業化に向けた着実な研究開発が実施される雌伏期を迎えている.
そこで,本特集では,環境省環境研究総合推進費補助金を得て実施した研究を中心として,バイオマス利用の上流(糖化技術)から下流(化成品生産)にわたり,現状の認識と,将来に向けた取組についてご紹介したい.
上流側の研究として,農業・食品産業技術総合研究機構の池先生らには,主に地域に眠る潜在的なバイオマス資源農作物非食用部を水酸化カルシウムで前処理することにより,小規模でも効率的に糖へ転換するシステムをご紹介いただいた.地域活性化が注目されている現在では,その効率とともに事業化が期待される技術である.また,森林総合研究所の野尻先生には,日本の人工林の大半を占めるスギを原料としてバイオエタノールを製造する実証実験結果を示していただいた.脱リグニンには,安定性信頼性の高いソーダ・アントラキノン蒸解法を用い,パルプ製造を経て,オンサイトで製造した酵素で糖化を行っており,コスト面も含めバイオエタノール製造技術の現在の到達点を示しているものである.
一方,下流側のバイオマス化成品の製造においては,新潟薬科大学の高久先生らからは,集積されたバイオマス素材として,きのこ菌床に注目し,企業とも連携して,原料糖を確保するプロセスも含めて,遺伝子組み換え菌を用いて,バイオプロセスでは得ることが難しいフェノール類を効率的に製造する技術を紹介いただいた.事業化すれば,地域活性化とバイオリファイナリープロセスの両方に貢献しうる.
筑波大学の中島先生には,バイオディーゼル副生グリセロール廃液から新たに分離された菌株を用いて,バイオエタノール製造の最適化を行い,パイロットスケールにおいても着実な成果を得られているため,今後注目されるものであり,現在進行している他の化成品原料への転換技術も含め,副生グリセロール資源の有効活用に,新しい知見,手段を提示しているものである.
また,産業技術総合研究所の河田は,各種バイオマス資源を利用して,遺伝子組み換えでない好塩菌を用いたリファイナリー素材,健康食品,その素材として,近年注目されつつあるケトン体の製造について紹介した.
今回のバイオマス利用技術の現状の特集は,限界のある資源,人口密度,人口構成の老齢化,温暖化などの環境問題など21世紀,それ以降に世界が経験する課題に対し,その課題先進国である日本の研究者が取り組んだ成果である.現状では,経済的に引き合わない状況ではあるが,今後,持続可能型社会への転換に向けた礎の素過程として重要な技術であり,これらの素技術が,社会の他の技術,施策と融合発展して,経済性も満たした上で,実用化へと進むことを期待する.